撹拌モラトリアム
生放送声劇のために書きおろし。2014/4/13初演。
泉と藤乃の恋愛の行方。
はりこのとらのあなにも置いてあるので、使用の際は一読お願いします。
配役
泉(いずみ):男性。旧家の跡取りであり、婚約者がいる。昔から藤乃に好意を持っている。藤乃たちとは違う大学へ進学している
藤乃(ふじの):女性。泉の家の分家に生まれて、度々泉とは遊んでいた。昔から泉に好意を持っている
綾世(あやせ):女性。一般家庭生まれ。藤乃とは家が近所だったため、幼い頃からよく遊んでいた。藤乃と同じ大学だが、学部は別
結城(ゆうき):男性。一般家庭生まれ。小学生時代にみんなが遠巻きにしている泉や藤乃とも普通に接したため仲良くなった。藤乃・綾世と同じ大学
末廣(すえひろ):男性。最近になって発展してきた家柄の次男。4人と同じ高校出身で綾世とは同じクラスだったが、大学は別
多分少し都会から離れたところが舞台
M…心情
Y…幼少期(回想)、小学5・6年生頃イメージ
*****
(泉の部屋、結城が入ってくる)
結城:「泉?用意終わったのか?」
泉:「あぁ…」
結城:「なんだよ、調子悪いのか?」
泉:「いや…今行くよ」
泉M:(あの時君の手をとっていれば、何かが変わったんだろうか)
一。
(喫茶店)
綾世:「藤乃ー」
藤乃:「綾世、お疲れ様」
綾世:「ん、ありがと。さすがに疲れたー」
藤乃:「アルバイト掛け持ちなんてするから」
綾世:「あはは…でも流石にね。親にばっか負担かけてられないからさ」
藤乃:「綾世は偉いね」
綾世:「そんなことないよ!だって結局自分のためじゃん?大学行きたいって言ったの、私だし」
藤乃:「でも私なんて、アルバイトしたことないし…」
綾世:「藤乃はしちゃだめでしょ!」
藤乃:「そうかなぁ」
綾世:「そうだよ!ていうか、藤乃を雇ってくれるところなんてないんじゃない?」
藤乃:「えっ私そんなに働けないかな!?確かに、経験はないけど…」
綾世:「じゃなくて!家柄的に…ね?」
藤乃:「確かに、反対されると思う…」
綾世:「でしょ?それに、雇う方が気を使っちゃうでしょ」
藤乃:「えぇー?うちはそんなに大きくないよ」
綾世:「いやいや、こっちからしたら住んでる世界が違うから」
藤乃:「でもうちは分家だし。泉くんならともかく…」
綾世:「あれは別格。それにその有名な泉くん家の分家なんだから、あんたんとこも十分大きいでしょ!」
藤乃:「う…うん…」
綾世:「にしても、珍しく久々だよね、藤乃と会うの。学部違うと大学でも全然会えないし」
藤乃:「そうだね。授業も忙しいし」
綾世:「そうそう。やること多くて…」
藤乃:「あ、そういえば、就職決まったんだよね。遅くなったけど、おめでとう」
綾世:「ありがとー!本当、良かったよ…」
藤乃:「綾世なら大丈夫だと思ってたよ?」
綾世:「そう?ま、これで一安心かな。あとは無事に卒業できればだけど…」
藤乃:「卒論かぁ」
綾世:「てか、藤乃は?」
藤乃:「え?何?卒論?」
綾世:「じゃなくて、卒業したらの話。結局、家で決められたとこに、就職決まったの?」
藤乃:「あ、えっと…それなんだけど…」
綾世:「うん?どうしたの?」
藤乃:「…実はね……結婚、するんだ」
綾世:「……は?」
藤乃:「親が…正確には、親戚が、かな。決めた相手と」
綾世:「……え?」
藤乃:「最初は就職って話だったんだけど…。卒業したら22歳でしょ?もういい歳だろうって」
綾世:「いやいやいや22歳はいい歳じゃないよ!これからじゃん?むしろ早いよ!」
藤乃:「そうなんだけど…ほら、うちの親戚は考え方が古いから…ね。いろいろ、独特というか…」
綾世:「…そんなもんなのかぁ。凡人にはきっと一生わからないや」
藤乃:「窮屈だよ」(苦笑)
綾世:「だろうね。で、相手ってもしかして…」
藤乃:「それが…末廣くん、なんだ」
綾世:「す…え?え?末廣くん?」
藤乃:「うん。覚えてる?」
綾世:「もちろん…同じ高校だったじゃん。私にいたっては同じクラスだったよ!」
藤乃:「その末廣くん」
綾世:「え、なんで?うん??確かに末廣くんの家も大きいけど…」
藤乃:「うちって旧家でしょ?それで、末廣くんの家は、最近になって発展してきたお家。お互いに利益があるというか…」
綾世:「…政略結婚、ってやつ?」
藤乃:「だね」
綾世:「だねって!それでいいの!?」
藤乃:「いいっていうか…家が決めたことだから」
綾世:「でも…」
藤乃:「それにね、末廣くんって次男なんだよ。だから、嫁いだってそんなに大変じゃなさそうだし」
綾世:「そういう問題じゃないでしょ…」
藤乃:「高校の時はあんまり関わりがなかったけど、婚約の話が決まってからよく会うようになったんだ。優しくていい人だよ」
綾世:「それは…そうかもしれないけど…」
藤乃:「綾世の話もしたよ。今度みんなで遊ぼうねって言ってたところ」
綾世:「みんな、って…」
藤乃:「私と末廣くんと綾世と、結城くんと…泉くん、かな」
綾世:「……」
藤乃:「みんな忙しいから、休みが合えばいいんだけどね。長期休みまで難しいかなぁ」
綾世:「…泉くんは?」
藤乃:「……」
綾世:「泉くんは、どうするの?」
藤乃:「……どうするって?」
綾世:「だって藤乃、ずっと泉くんのこと、好きだったでしょ?いいの?」
藤乃:「…仕方ないんだよ」
綾世:「……」
藤乃:「それに、泉くんにだって昔から婚約者いるんだし」
綾世:「そう…だったね…」
藤乃:「だから、どうにかなれるなんて思ってないの。勝手に片想いしてただけ。最初からこうなるってわかってたから、大丈夫」
綾世:「…大丈夫そうには、見えないって…」
藤乃:「綾世は相変わらず心配性だね」
綾世:「藤乃は相変わらず…嘘が下手だよ」
間
(大学内)
綾世:「最近、泉くんと連絡とってる?」
結城:「まぁそこそこ。何かあった?」
綾世:「いや…元気かなぁって」
結城:「普通なんじゃない?て、お前連絡してないの?」
綾世:「うん。あんまり」
結城:「なんで?」
綾世:「うーん…忙しかったのもあるけど…ほら、大学違うと、なかなかさ」
結城:「話題もないか」
綾世:「うん」
結城:「俺も藤乃とはあんまり連絡とってないし、人のこと言えないけど」
綾世:「あれ、そうなの?」
結城:「高校まではさ、クラスが一緒だったり4人で遊んだりしてたじゃん。でも大学入ってからはあんまり顔も見ないし」
綾世:「そっかぁ」
結城:「そんなもんなんじゃん?いつまでも一緒にいる訳じゃないだろ」
綾世:「こうやって大人になっていくのか…」
結城:「何それ。もう半分くらい大人だと思うけど」
綾世:「そうだけどさぁ。なんか、寂しいなぁって」
結城:「別に離れ離れになるんじゃないんだし、変わんないだろ」
綾世:「まぁ…ね」
結城:「それに藤乃とは連絡とりあってるんだろ?」
綾世:「うん。この間も会ったし」
結城:「じゃ、いいじゃん」
綾世:「うん…」
結城:「歯切れが悪いな。何かあったのか?」
綾世:「私が言うことじゃ、ないと思うんだけど…」
結城:「うん?」
綾世:「藤乃は「大丈夫」って言ってたんだ。でも…気になって…」
結城:「あいつの「大丈夫」は口癖みたいなもんだろ」
綾世:「だから、多分大丈夫じゃないと思うんだ」
結城:「…家のこと?」
綾世:「うん…」
結城:「あー…そりゃあ、俺たちには何もできないって」
綾世:「そうなんだけど、」
結城:「お、藤乃だ、珍しい。噂してたからかな」
綾世:「え?あ、本当だ」
結城:「おーい、ふじ、」
綾世:「ちょ、静かに!!」
結城:「ぶっ!いってぇ…おま、何すんだ!」
綾世:「あっち見て」
結城:「人の話を……あれ、あいつ…」
綾世:「末廣くんだ…」
結城:「あぁ、そうそう!よく覚えてたな。あれ、でも大学違うよな?ここで見たことないし」
綾世:「藤乃に会いに来たんじゃないかな」
結城:「藤乃に?なんで?」
綾世:「…藤乃、卒業したら結婚するんだって」
結城:「け…は?」
綾世:「結婚!…末廣くんと」
結城:「……は?」
綾世:「だーかーらー!藤乃は!末廣くんと!け・っ・こ・ん!!するんだってさ!」
結城:「うるせぇよ!聞こえてるっつの!」
綾世:「理解してなかったじゃない」
結城:「してなかったんじゃなくて、できなかったんだよ!!いきなり過ぎて!!」
綾世:「結城うるさい」
結城:「てめっ…!」
綾世:「あ、やっぱり藤乃に会いに来たんだ」
結城:「……本当だ」
綾世:「……」
結城:「結構お似合いなんじゃん?」
綾世:「…そうだね」
結城:「末廣とはそんなに親しかった訳じゃないけど、イイヤツなのは知ってるし。いいんじゃねーの」
綾世:「そう、だけど…」
結城:「なんでお前が不満そうなんだよ」
綾世:「だって…藤乃は泉くんのことが好きなのに…泉くんだって藤乃が好きなんだよ?おかしいじゃん」
結城:「って言ったって、仕方ねぇだろ。家の都合じゃ、逆らえないって」
綾世:「わかってるよ…」
結城:「あいつらは俺たちと違うんだよ。両思いだからって、くっつける訳じゃない」
綾世:「……」
結城:「藤乃はそうやって生きてきて、そうやって生きていくんだから」
綾世:「……うん」
藤乃:「わざわざ迎えに来てもらってごめんね」
末廣:「気にしないで。今日は午前中しか授業なかったんだ」
藤乃:「そうなの?でも授業、忙しいんじゃない?」
末廣:「まぁそこそこに」
藤乃:「やっぱり…」
末廣:「あ、でも別に無理してるとかはないから」
藤乃:「本当に…?」
末廣:「本当。むしろ藤乃さんと会えるのは楽しみにしてるんだ」
藤乃:「あ、ありがとう…」(少し照れて)
末廣:「藤乃さんこそ、無理してない?俺が誘うから断りにくいかなって」
藤乃:「ううん!そんなことないよ。学校は少し忙しいけど、他の人ほどじゃないし…」
末廣:「そう?なら良かった」
藤乃:「それに、私も末廣くんといろんなところに行くの、楽しみにしてるの」
末廣:「安心した。退屈させていたら申し訳ないから」
藤乃:「ごめんね。ちゃんと言えば良かった」
末廣:「違う違う、俺が気にしてただけだから」
藤乃:「私、いつも言葉が足りなくて…」
末廣:「そんなことないよ。それに、まだ藤乃さんとちゃんと知りあってから日が経ってないから…これから、俺がしっかりわかっていけばいいんだし」
藤乃:「…私も、末廣くんのこと、わかるようにならなきゃね」(言い聞かせるように)
末廣:「そんな気負うようなことじゃないよ。ゆっくりで平気」
藤乃:「……」
末廣:「藤乃さん?」
藤乃:「あっ…ごめんね、少しぼーっとしてたかも」
末廣:「具合、悪い?今日はやめた方がいいかな」
藤乃:「大丈夫大丈夫!本当に気にしないで」
末廣:「そう?」
藤乃:「うん。えと、今日はどこに行くんだったっけ」
末廣:「美術館。ほら、藤乃さんの好きな画家の展覧会、今日からでしょ?」
藤乃:「あ、そうだった」
末廣:「忘れてたの?」
藤乃:「ほら…学校のことで、頭いっぱいで…ね」
末廣:「藤乃さん、結構抜けてるもんね」
藤乃:「うぅ…それ、綾世にもよく言われるんだけど…そんなにかなぁ」
末廣:「はは、綾世さんが言うなら、間違いないと思うよ。昔から一緒なんだよね、確か」
藤乃:「うん。家が近かったから、幼稚園に入る前から遊んでたんだって」
末廣:「へぇ。それからずっとか…長いね」
藤乃:「お母さんたちが仲良くて。今でもよく、2人で綾世の家に行ったり、うちに来たりしてるんだよ」
末廣:「幼馴染…いいなぁ」
藤乃:「うん…私、綾世がいてくれて良かったなぁって、すごく思うよ」
末廣:「ちょっとうらやましいな。俺はそういう人、いないから」
藤乃:「そうなんだ…」
末廣:「俺はそんなに家のこと気にしてないんだけど。周りっていうか…小さい頃は周りの親が気にしてたみたいで。友達も少なかったなぁ」
藤乃:「…私も、そうだったよ」
末廣:「藤乃さんに比べたら、全然なんだろうけど。高校入ったくらいからは、そんなこともなく友達できて、普通に学校生活送れたし」
藤乃:「そうだったね。末廣くん、すごく馴染んでたよ」
末廣:「あれ、そんなに知ってるんだ?高校の時は関わりなかったから、てっきり俺の顔に見覚えがあるくらいだと思ってた」
藤乃:「綾世と同じクラスだったことがあるでしょ?だから、度々見かけてはいたよ」
末廣:「あ、そっか。綾世さんには俺も良くしてもらったなぁ」
藤乃:「ふふ。綾世は、誰にでも同じように話しかけるタイプだから。昔ね、うちの本家の泉くんが、やっぱりみんなから遠巻きにされてたんだけど。
綾世は全然構わずに話かけて…びっくりして固まってる泉くんに無視されたと思いこんで、「無視するな!」って思いっきり頭叩いたことあるんだよ」
末廣:「うわぁ…すごいね、それ」
藤乃:「周りの方がハラハラしてたよ。でも、そのおかげで仲良くなったみたい」
末廣:「俺も最初に言われた言葉って「課題ノート出てないんだけど。今日中に出さないと私が先生に怒られるんだから出しておいてよ」だった気がする…」
藤乃:「それは…ふふ」
末廣:「俺が悪いんだけど、最初がそれだからしばらくは綾世さんに怖いイメージ持ってたな。でもその後普通に話かけられて、あれ?って」
藤乃:「過去のことは気にしないどころか、忘れちゃうタイプだから」
末廣:「でも結城くんとは、よく言い合いしてるよね」
藤乃:「それでコミュニケーションとってるんだよ。結城くんも、小学校の時から一緒なんだけど、あの2人はずっとあんな感じ」
末廣:「へー。だから高校でも4人仲良かったんだ」
藤乃:「うん。結城くんは、思ったことなんでも口に出しちゃうから…綾世からよく怒られてたなぁ」
末廣:「はは、確かにそんなタイプだった気がする」
藤乃:「それで、泉くんに「お前はもう少し意見を言え」って言うの。そして綾世から「あんたは言いすぎ」って…ふふ」
末廣:「楽しそうだなぁ」
藤乃:「うん。…楽しかったよ」
末廣:「そっか。じゃぁ、少し言いにくいな…」
藤乃:「え?何?」
末廣:「実は…卒業したら、海外に行かなきゃいけなくなったんだ」
藤乃:「海外…?」
末廣:「帰ってこれるのは…数年後の予定」
藤乃:「数年…」
末廣:「と言っても、向こうには会社関係で日本人も多いから、少しは気が楽だと思う」
藤乃:「それって…」
末廣:「藤乃さんには、ついてきて欲しいんだ」
藤乃:「…ぁ、えと…」
末廣:「今答えなくていいよ。大事なことだから、ゆっくり考えて」
藤乃:「ありがとう…」
末廣:「結婚だって、家同士が決めたことだし…そこまで、無理はさせられないよ」
藤乃:「…うん」
末廣:「でも俺は、真剣に藤乃さんとの将来を考えてるから。
最初は、決められたからっていう気持ちもあったけど…こうやって会って、話して、ちゃんと自分の気持ちで、藤乃さんと一緒にいたいと思ってる」
藤乃:「…ありがとう」
末廣:「藤乃さんが、俺をまだそういう風に見てないんだろうってわかってるよ」
藤乃:「そんな、こと…」
末廣:「今はそれでいいんだ。これから先に、俺を見てもらえるようになれば」
藤乃:「……」
末廣:「それは、俺の頑張りどころってとこかな」(茶化すように)
藤乃:「末廣くんのことは、好きだよ…」
末廣:「…ありがとう」
間
(泉の部屋)
結城:「泉ー」
泉:「あれ、結城?」
結城:「ちょっと今いいか?」
泉:「あぁ、うん。何か約束してたっけ?」
結城:「いや…少し、話しがあって」
泉:「…藤乃のこと?」
結城:「…そう。やっぱ知ってたか」
泉:「そりゃあな。本家が分家のこと知らない訳がないだろう。第一、あの話を取りまとめたのだって、うちの祖父母だし」
結城:「だよな」
泉:「俺は何もできないよ。逆らうことはもちろん、口を出すこともできない」
結城:「知ってる」
泉:「じゃあ何を聞きに来たんだ?」
結城:「割り切れたのかと思って」
泉:「…昔から、割り切ってるよ」
結城:「嘘つくなよ。本当、お前らは昔っからそうやって隠すんだよなぁ」
泉:「…そうしないといけないんだよ」
結城:「…綾世も、心配してた」
泉:「…そうか」
結城:「最近連絡とってないんだろ?」
泉:「大学が違うから、用事もないしな」
結城:「同じこと言ってた」
泉:「はは。そんなもんだよな」
結城:「ま、綾世の心配は主に藤乃への心配だろうけど」
泉:「あの二人は相変わらずなのか」
結城:「むしろそうじゃないとおかしいだろ」
泉:「そうだな。…昔から、一緒だったもんな」
結城:「それはお前もだろ」
泉:「……」
結城:「俺は綾世みたいに、どうしろとか言うつもりはないけどさぁ」
泉:「うん」
結城:「何かあるなら、ちゃんと言えよ」
泉:「…うん」
二。
泉M:(昔、世界は狭くて広かった)
藤乃Y:「泉くん…」
泉Y:「あれ?藤乃、来てたんだ」
藤乃Y:「うん…さっき、おじい様とおばあ様にご挨拶してきたところ」
泉Y:「何かあった?」
藤乃Y:「うんと…私は、よくわからなかったよ」
泉Y:「そっか。まだ時間ある?」
藤乃Y:「うん。夕方まで遊んできていいって言われたの」
泉Y:「じゃあ何する?天気良いから、庭で遊ぶ?」
藤乃Y:「うん…」
泉Y:「どうした?元気ないな?」
藤乃Y:「えと…」
泉Y:「家の中の方がいい?」
藤乃Y:「ううん」
泉Y:「あ、結城たち呼ぶ?」
藤乃Y:「そうじゃなくてね…」
泉Y:「もしかして、具合良くない?」
藤乃Y:「げ、元気だよ!」
泉Y:「そうは見えないけど…無理するなよ?藤乃はすぐ我慢するんだから」
藤乃Y:「う、うん…。…あ、あのね」
泉Y:「うん」
藤乃Y:「さっきね、聞いたんだけど…」
泉Y:「うん」
藤乃Y:「泉くん……大きくなったら、お家継ぐでしょ?」
泉Y:「多分な」
藤乃Y:「それで…お嫁さん、もらう約束、してるんでしょ?」
泉Y:「え?あぁ…そういえばそうだったかも」
藤乃Y:「そういえば、って…」
泉Y:「だって、会ったことちょっとしかないから。忘れてた」
藤乃Y:「うぅ…」
泉Y:「なんだよ、それを気にしてたの?」
藤乃Y:「だって、そしたらもう遊べなくなっちゃう…」
泉Y:「そんなの、まだまだ先の話だよ」
藤乃Y:「でも……やだよ…」
泉Y:「…俺だって、嫌だけど」
藤乃Y:「…泉くんも?」
泉Y:「当たり前だよ。だって、全然知らない、好きでもない人と結婚しなくちゃいけないなんて、嫌に決まってる」
藤乃Y:「なんで、勝手に決められちゃうんだろう…」
泉Y:「そういう家だから。仕方ないんだよ」
藤乃Y:「泉くんは、我慢するの?」
泉Y:「我慢っていうか…それしか、ないから」
藤乃Y:「…全部、お家が決めてるんだよね…」
泉Y:「藤乃?」
藤乃Y:「じゃあね、お家、出ようよ」
泉Y:「は?」
藤乃Y:「お家出てね、遠いところに行くの。そうしたら、もう言うこと聞かなくていいんだよ?」
泉Y:「そんな簡単に、」
藤乃Y:「ね?そうしようよ!」
泉M:(いつも我慢している藤乃の、珍しく強引な我儘だった。もしかしたら、初めてだったかもしれない)
藤乃Y:「お金も、あるし!電車は…乗り方、わかんないけど…」
泉Y:「いいよ」
藤乃Y:「!本当!?」
泉Y:「うん。行こ」
藤乃Y:「うん!」
泉M:(本当に家から出られるとは思っていなかった。それでも、藤乃とどこか遠くに行きたい気持ちは、俺も同じだった)
藤乃Y:「どこかなぁ、ここ」
泉Y:「わかんない」
藤乃Y:「いっぱい歩いたね」
泉Y:「疲れた?」
藤乃Y:「ううん、大丈夫」
泉Y:「…帰りたくなった?」
藤乃Y:「なってないよ?…泉くんは?」
泉Y:「俺もなってないよ」
藤乃Y:「よかったぁ」
泉Y:「どこまで行くの?」
藤乃Y:「どこまで行こう…」
泉M:(そうして歩いて歩いて暗くなる頃、結局大人に見つかった俺らは車で家まで戻ることになった。
「迷子になった」という言い訳は、普段イイ子で過ごしてきたおかげで疑われることなく、ただ怒られるだけで済んだ。
あの出来事を、それから俺も藤乃も、口には出さなかった。
数年経ってふと思い立ち、あの記憶の通りに歩いてみれば、そこは電車で数駅程度の場所。
俺の世界は時間と共にあの頃より広がったけれど、もう戻れないんだと思うと、少しだけ寂しくなった)
間
結城:「着いたぞ」
藤乃:「ありがとう、結城くん。お疲れ様」
泉:「途中で運転変わればよかったな」
結城:「これくらいなら大丈夫だって」
藤乃:「綾世ー?着いたよー」
結城:「まだ寝てんのか?」
藤乃:「うん…起きない…」
結城:「おい綾世!起きろって言ってんだろ!」
綾世:「いっ…たぁ何すんの!」
結城:「これで目ぇ覚めただろ?」
綾世:「だからって叩くことないでしょうが!」
結城:「起きないお前が悪い」
泉:「綾世は本当に寝起き悪いな」
綾世:「直そうとは思ってるんだよ、一応…」
末廣:「藤乃さん」
藤乃:「あ、末廣くん」
末廣:「ごめんね、こんな遠くまで。えと…みんなとは久しぶり…で、いいのかな」
結城:「高校以来だし、そうなんじゃん?」
泉:「まぁ、俺たちはそんなに親しかった訳じゃないから、微妙だよな」
綾世:「久しぶりだねー!私はクラス同じだったし懐かしい感じしてるよ」
末廣:「そうだね。とりあえず、家に入ろうか」
結城:「これで別荘なんだよな…」
綾世:「うちらとは次元が違うよねぇ…」
末廣:「ここは父さんのお気に入りでね。そのせいだよ」
泉:「確かに、いいところだよな。観光地も近いし」
末廣:「うん。俺もよく来るんだ」
綾世:「気軽に来れちゃうとはうらやましい…」
藤乃:「明日、見に行ってみようね」
綾世:「うん!パンフレットまで買ってきちゃったんだから!」
末廣:「俺もわかる限り、案内するよ」
綾世:「頼りにしてるね!」
少し間
(別荘内)
末廣:「あれ、泉くん。早いね」
泉:「おはよう。習慣なんだ。そっちこそ」
末廣:「俺はみんなを呼んだ側だからさ」
泉:「気使わなくてもいいのに…」
末廣:「そんな訳にはいかないよ。婚約者の友達だし…泉くんにいたっては、本家様の跡取りなんだから」
泉:「……嫌み?」
末廣:「え?違う違う!そんな風に聞こえたかな、ごめん…」
泉:「いや、俺こそ悪かった。そういう奴多いから、つい」
末廣:「そっか…やっぱり、大変なんだろうなぁ」
泉:「末廣だって、似たようなもんじゃないの?」
末廣:「違うと思うよ。俺は次男だから、結構好き勝手にやってる」
泉:「そう…」
末廣:「まぁ、逆らえないこともあるんだけどね」
泉:「…藤乃のこととか?」
末廣:「…うん。最初はね、そうだったんだけど。でも一緒に過ごすようになって、彼女に惹かれた。だから俺は自分の意思で、彼女と…藤乃さんと一緒に居たいと思ってるよ」
泉:「そうか…それを聞けて良かったよ」
末廣:「心配だった?」
泉:「そりゃあな。親戚…ていうより、家族みたいなものだし」
末廣:「…それだけ?」
泉:「…それだけって?」
末廣:「他に何か、ないのかなって」
泉:「……大事な…幼馴染だよ」
綾世:「おはよー」
泉:「珍しい」
末廣:「おはよう」
綾世:「泉くん、第一声が「珍しい」ってどういうことかなぁ?」
泉:「だっていつもは寝起き悪いのに」
綾世:「今日は遊び倒す計画だからね!藤乃に起こしてもらった!」
泉:「自分ではやっぱり起きれないのか…」
末廣:「藤乃さんは一緒じゃないの?」
綾世:「うん、もうちょっと用意に時間かかるから、先に行っててって言われたの」
末廣:「そっか。結城くんもまだだね」
泉:「あぁ、俺が起きた時は寝てたけど…起してきた方がいい?」
末廣:「うーん…時間はまだあるから、もう少し待とうか。朝食、どうする?」
綾世:「私おなかすいた!」
泉:「先に食べてても文句言わないと思う」
末廣:「じゃあ用意するね」
綾世:「あ、私も手伝うよ!」
泉:「そう言ってつまみ食いする気なんじゃないのか?」
綾世:「そ…そんなこと、ないよ…?」
少し間
藤乃:「あ、結城くん」
結城:「藤乃か」
藤乃:「おはよう」
結城:「はよ。綾世はまだ寝てんの?」
藤乃:「ふふ。それがね、今日はもう先に行ってるの」
結城:「は?…あいつ熱でもあんのか?」
藤乃:「違うよー。今日の予定、楽しみにしててね。私が起こしてあげたの」
結城:「それで起きれたのか…?」
藤乃:「うん。今日のこと話したらすぐに起きたよ」
結城:「毎回それくらいさっさと起きてくれればいいのに」
藤乃:「それだけ楽しみにしてたってことだよ」
結城:「ずっと騒いでたもんな」
藤乃:「私も、今日は騒いじゃおうかな」
結城:「藤乃が?…なんか、想像できない」
藤乃:「さすがに綾世みたいにはなれないよー」
結城:「だよな」
藤乃:「綾世みたいには…」
結城:「藤乃?」
藤乃:「私ね、本当は綾世が羨ましかったんだよ」
結城:「……」
藤乃:「誰とでも仲良くなれて、いつも楽しそうで、思ったこと言えて…家に縛られてない」
結城:「……」
藤乃:「でも、私が私だったから、綾世とこんな風に仲良くなれたんだよね。結城くんとも」
結城:「…そうかもな」
藤乃:「だからね、もうそうやって考えるの、やめようって思ったの」
結城:「そうか」
藤乃:「うん。ふふ、今の、内緒だからね?」
結城:「うん」
藤乃:「そういえば、結城くんと内緒作るの、初めてだね」
結城:「そうだっけ?」
藤乃:「うん。一緒にはよく居たけど、二人だけの秘密は初めてだよ」
結城:「誰にも言わないから安心しろ」
藤乃:「そんな心配はしてないよ? 信用してますから!」
間
綾世:「物足りない…」
結城:「あんだけ騒いでか」
綾世:「そうだよ!もうちょっと居たいよ!なんで明日にはもう帰らなきゃいけないのー…」
泉:「じゃあ綾世だけ置いて帰るか」
綾世:「それは嫌だ!」
泉:「なら満足しておきな」
綾世:「んん……」
結城:「また来ればいいだろ?遠いけど」
綾世:「その遠いのが問題なんでしょー!」
泉:「というか、綾世まだまだ元気なんだな」
綾世:「ん?うん!」
泉:「藤乃なんてくたばってるけど」
綾世:「あ、本当だ」
結城:「あんだけ騒いでる藤乃、初めてみた」
泉:「な。驚いた」
綾世:「珍しいよね。藤乃ー?大丈夫?」
藤乃:「うん…大丈夫…」
結城:「大丈夫じゃないだろ」
末廣:「お待たせ。紅茶で良かったかな。って、藤乃さん大丈夫?」
藤乃:「うん、ちょっと疲れちゃっただけだから」
綾世:「部屋で休む?」
藤乃:「ん、少しそうしようかな」
綾世:「じゃあ私たちは一回失礼するね」
藤乃:「一人で大丈夫だよ?」
綾世:「はいはい。そういう強がりは元気な顔して言いなさい」
藤乃:「…ありがとう」
ちょっと間
綾世:「あれ、泉くんだけ?」
泉:「あぁ。結城も疲れたから少し休むって。で、末廣は家から電話来たっていって部屋に戻ってる。長くかかるみたい」
綾世:「そかそか」
泉:「藤乃、平気だった?」
綾世:「うん。本当に疲れてただけみたいで、すぐ寝ちゃった」
泉:「そうか」
綾世:「あんなに藤乃がはしゃいでるの見たの、久しぶり」
泉:「最近は、見てなかったな」
綾世:「あ、泉くんも見たことあるんだ?結城は初めてだったみたいだけど」
泉:「昔からの付き合いだからな」
綾世:「結城だってそれなりに長いよ?私だって、数回しか見たことない」
泉:「…俺だって、そんなに知らないけど」
綾世:「…藤乃がはしゃぐ時ってね、私が知ってる限りだと、泉くんが関わってる時なんだよ」
泉:「……」
綾世:「今日はいつもと違ったけど。なんか…無理に元気だそうとしてたみたいに見えた」
泉:「綾世は…藤乃のこと、よく見てるな」
綾世:「小さい時からの付き合いですから!…泉くんには負けるけどね」
泉:「そんなことないと思う。トータルしたら、綾世の方が長い」
綾世:「そうだね。だから、藤乃が考え込んでるのも知ってる」
泉:「…考え込んでる?」
綾世:「というより、悩んでるのかな」
泉:「一緒じゃないの?」
綾世:「どうしようって考え込んでるんじゃなくて、どうしようもないってわかってるけど悩んでるの」
泉:「…よくわからない」
綾世:「この違いは別にわからなくてもいいよ。問題は藤乃が大丈夫じゃないってこと」
泉:「……」
綾世:「結城にはどうしようもできないって言われたけど。でも、泉くんはこれでいいの?」
泉:「…いいも何も…」
綾世:「そうやって、何もないことにして、後悔しないの?」
泉:「……俺は、しないよ」
綾世:「…本当に?」
泉:「これが最善だ」
綾世:「……そう」
泉:「……」
綾世:「ならもう、何も言わない。ごめんね、変なこと言っちゃって」
泉:「…別に、謝られるようなことは言われてない」
綾世:「さっき散々騒いだから、まだテンションおかしいのかな、あはは。ちょっと、散歩でもしてこようかな」
泉:「あんまり遠くに行くなよ」
綾世:「はいはい、近くだけにしておきますよー」
泉:「そうしてくれ」
綾世:「……末廣くんはいい人なんだし、きっと大丈夫だよね」
泉:「…うん」
綾世:「藤乃……幸せに、なれるよね…」
ちょっと間
泉:「藤乃…」
藤乃:「あれ、泉くん一人?」
泉:「うん。みんなそれぞれ用事みたい」
藤乃:「綾世も?」
泉:「散歩してくるって」
藤乃:「一人で大丈夫かなぁ」
泉:「遠くに行くなとは行ってある」
藤乃:「なら、平気かな」
泉:「多分な。体調、戻ったのか?」
藤乃:「うん。少し寝たからもう平気」
泉:「そうか」
藤乃:「うん…」
泉:「……」
藤乃:「…あのね」
泉:「…何?」
藤乃:「私…末廣くんと…結婚、するでしょ?」
泉:「…うん」
藤乃:「そうしたらね…海外に、行くんだって…」
泉:「…海外?」
藤乃:「うん。それで…ついてきて欲しいって言われてて…」
泉:「どのくらい?」
藤乃:「数年、だって…。無理にとは言わないって言ってたんだけど…家からは、行きなさいって、言われてるの」
泉:「…そう、だろうな。結婚だけして、別で暮らすのは…おかしいだろうし」
藤乃:「…うん…」
泉:「……不安?」
藤乃:「もちろん不安はあるよ。日本人が多いって聞いたけど、外国だし。…知ってる人は、誰もいないんだし」
泉:「……行きたく、ない?」
藤乃:「……うん」
泉:「……」
藤乃:「……行きたく、ないよ…」
泉:「…っ」
藤乃:「…えへへ、ごめんね。困らせるようなこと言っちゃった」
泉:「……」
藤乃:「泉くんは本家の人なのに、こんなこと言っちゃだめだよね。ごめんね」
泉:「俺は…」
藤乃:「今のは全部独り言!聞かなかったことにして」
泉:「……いいよ。今だけは、何も聞かなかったことにするし、誰にも言わない」
藤乃:「…何それ、甘やかしてる?」(冗談ぽく)
泉:「ちゃんと藤乃の本音、知っておきたいから」
藤乃:「……」
泉:「…我慢させてるのは、わかってる。ごめん」
藤乃:「…泉くんが、謝ることじゃ、ないよ」
泉:「だけど、俺の家が…そうさせてる」
藤乃:「私の家も、でしょ?」
泉:「…まぁ、な」
藤乃:「じゃあね、ちょっとお言葉に甘えちゃおうかな」
泉:「うん。何でもいいよ。思ってること。怒っても、泣いても、蔑んでも」
藤乃:「そんなことしないよー!」
泉:「……」
藤乃:「…そんなこと、しないよ…」
泉:「じゃあ、どうしたい?」
藤乃:「どう、したい…」
泉:「本当は、藤乃はどうしたい?」
藤乃:「私は…」
泉:「こんな話をしても何も変わらないし変えられないんだけど」
藤乃:「……」
泉:「本当は、結婚したくない?」
藤乃:「……。…末廣くんは、イイ人だよ…」
泉:「知ってる」
藤乃:「私のことも、大事にしてくれてる」
泉:「そうだな」
藤乃:「…だから、私もそう思わなきゃって…」
泉:「うん」
藤乃:「確かに、末廣くんは大事なんだけど…でも、特別な感情は持てなくて…」
泉:「…うん」
藤乃:「私は…本当は…!」
泉:「……」
藤乃:「ぁ…えと…」
泉:「藤乃?」
藤乃:「あはは、何でもない!」
泉:「言いかけてたんじゃ」
藤乃:「ううん!」
泉:「そう?」
藤乃:「そう!」
泉:「ならいいけど…」
藤乃:「ね、泉くん」
泉:「ん?」
藤乃:「我儘言っていいかな」
泉:「我儘?」
藤乃:「うん。泉くんの気持ちのままに答えて欲しいんだけど…」
泉:「気持ちのままって…?」
藤乃:「昔、二人で遠くまで歩いたこと、覚えてる?私が、泉くんに婚約者がいるって知った時」
泉:「…あぁ、覚えてる」
藤乃:「随分遠くまで行った気になってたけど、今になってみれば、全然遠くなかったよね」
泉:「そうだな」
藤乃:「今だったら、もっと遠くまで行けるかな」
泉:「…行けるんじゃないか」
藤乃:「どこまで行けるかな」
泉:「…どこまでだろうな」
藤乃:「逃げたいな。あの時みたいに」
泉:「!……っ」
藤乃:「今度は歩くだけじゃなくて、電車に乗ったりバスに乗ったりするの。飛行機もいいかも」
泉:「……」
藤乃:「それで、途中でおいしいもの食べたりね。前は、歩くのに夢中でそれだけで終わっちゃったから」
泉:「…藤乃…」
藤乃:「綾世と結城くんは心配するだろうけど…巻き込んじゃいけないから、内緒に、しないと…」
泉:「…俺は…」
藤乃:「…なんてね!」
泉:「…っ」
藤乃:「言ってみたかっただけ!」
泉:「…ごめん」
藤乃:「ふふ、残念」
泉:「……ごめん」
藤乃:「……、この話はおしまい!もう忘れてね」
泉:「…忘れるって、難しいことを…」
藤乃:「今この場では何も言ってないし聞いてなかった!ね!」
泉:「…わかった」
藤乃:「ありがと…」
泉:「じゃあ俺が今から言うことも、聞かなかったことにしてくれ」
藤乃:「?」
泉:「ただの独り言だ。すぐに忘れて」
藤乃:「…わかった」
泉:「…俺は、この家に生まれたから、いろいろと他の人間より限られてる。自分の思った通りにできないこともある。それは藤乃も同じだけど」
藤乃:「うん」
泉:「それが嫌だと思ったことはないんだ。俺にとっては当たり前だから」
藤乃:「…うん」
泉:「諦めてるのかもしれないけど。どうせ逃げられないんだって」
藤乃:「……」
泉:「でも、割り切れてないことがあって。それが、藤乃のこと」
藤乃:「!」
泉:「どうしようもできないのにな。全部捨てて藤乃と逃げる度胸もないんだ。なのに、惜しいと思ってる」
藤乃:「泉くん…」
泉:「結局俺は、家を選んだんだ」
藤乃:「それは…仕方がないことだよ…」
泉:「家っていうか…ただの保身か」
藤乃:「……」
泉:「だから、こんなことを俺が言うのはおかしいんだろうけど」
藤乃:「…うん」
泉:「……幸せに、なってくれ」
藤乃:「っ……うん」
ちょっと間
末廣:「綾世さん?」
綾世:「え?あぁ、末廣くんか」
末廣:「どうしたの?外に行ってたの?」
綾世:「うん。ちょっと、散歩したくなって」
末廣:「大丈夫だった?暗かったでしょ」
綾世:「近くをうろうろしてただけだから平気だったよ」
末廣:「でも一人でなんて、危ないよ」
綾世:「そうかなぁ」
末廣:「知らない土地なんだし」
綾世:「ごめんごめん」
末廣:「何かあったの?」
綾世:「え?」
末廣:「考え込んでるみたいだったから」
綾世:「…ちょっとね」
末廣:「…藤乃さんのこと?」
綾世:「違くは…ないけど。でも、藤乃には、末廣くんがいるから、心配してないよ」
末廣:「じゃあ、」(遮る)
綾世:「藤乃のこと、幸せにしてあげてね」
末廣:「えっ、あ、うん。それはもちろん」
綾世:「じゃないと私が許さないんだから!」
末廣:「はは、それは怖い」
綾世:「そんなこと思ってないでしょ。ま、いいや」
末廣:「でも、本当に、大切にしたいと思ってるよ」
綾世:「…うん。ありがとう」
末廣:「なんだか少し、照れくさいなぁ」
綾世:「あはは。まだまだこれからでしょー」
末廣:「そうなんだけど…」
綾世:「じゃ、私は部屋に戻るね。歩き過ぎて疲れちゃって」
末廣:「うん。ゆっくり休んで」
綾世:「ありがとー」
(綾世退場)
末廣:「あ、藤乃さんの具合聞けばよかった…」
藤乃:「あれ、末廣くん…」
末廣:「あ、藤乃さん。もう平気なの?」
藤乃:「うん、大丈夫」
末廣:「良かった。今さっき綾世さんが居たんだよ」
藤乃:「そうなの?入れ違いになっちゃったなぁ」
末廣:「部屋に戻るって言ってたよ」
藤乃:「そっか…」
末廣:「すれ違わなかったの?」
藤乃:「え?あぁ…ちょっと喉が渇いて、キッチンに行ってたりしたから…」
末廣:「それじゃあ会えないね」
藤乃:「うん……」
末廣:「…藤乃さん?」
藤乃:「え?」
末廣:「まだ具合悪いんじゃない?」
藤乃:「そんなことないよ?」
末廣:「顔色があんまり…」
藤乃:「考え事、してたから…」
末廣:「考え事?」
藤乃:「これからのこと」
末廣:「これから…」
藤乃:「あのね、末廣くん。外国行きの件なんだけど」
末廣:「うん」
藤乃:「私も、一緒に行こうと思うの」
末廣:「…いいの?」
藤乃:「うん。その方がいいよね。結婚してすぐ離れて暮らすなんておかしいもの」
末廣:「…無理してない?」
藤乃:「不安とかあるから、全く無理してないって訳じゃないよ。綾世たちと会えなくなるのも嫌だし」
末廣:「なら、」
藤乃:「でもね、末廣くん一人で向こうに行くのだって、辛いでしょう?私なんかじゃ、頼りないかもしれないけど…少しでも、支えてあげられればいいなって」
末廣:「頼りなくなんかないよ!すごく…嬉しいよ」
藤乃:「本当?良かった」
末廣:「俺の方こそ…良かった」
藤乃:「え?」
末廣:「ちょっとね…やっぱり、断られるかなって、思ってたから」
藤乃:「…答えるの、遅くなってごめんね」
末廣:「ううん!そんな、責めてるんじゃないよ?」
藤乃:「でも、私がはっきりしなかったから…」
末廣:「前にも言ったけど、すぐに答えを出せることじゃないんだから。その答えを聞けただけで、安心したよ」
藤乃:「うん…ありがとう」
末廣:「お礼を言うのはこっちだよ。ありがとう、藤乃さん」
藤乃:「ふふ。そうと決まればまずは!勉強しなきゃね!」
末廣:「勉強?」
藤乃:「そう!向こうで喋れないと不便だから、できるだけ覚えておかないと!っと…英語で、いいのかな?あれ、そういえばどこの国に行くんだったっけ?」
末廣:「藤乃さん…どこに行くかわかってないのに、よく決断できたね…」
三。
(結婚式場へ向かう道)
結城:「4年もあったのに、大学生なんてあっという間だったなー」
泉:「そうだな。社会人になる実感なんて全然ない」
結城:「泉はそれじゃだめだろ」
泉:「別に、まだ俺が正式に家を継ぐ訳じゃないし」
結城:「それはそうだろうけど。でも、やることすげーあるんだろ?」
泉:「まぁ、それはな」
結城:「すごいよなぁ、俺なら無理」
泉:「……慣れたよ」
結城:「慣れる程やってきたんだろ、すごいよ。あーあ、俺らももう22なんだよなぁ」
泉:「いきなり何?」
結城:「結婚なんてまだまだ先だーって思ってたけど、こうやって式に呼ばれると、結婚しても変な歳じゃないんだなってさ」
泉:「そうだな」
結城:「藤乃とももう、しばらく会えなくなるな」
泉:「…綾世がうるさそうだ」
結城:「あいつは外国行き知ってからずっとうるさかっただろ」
泉:「それもそうか」
結城:「直前まで黙ってた藤乃には感謝だな。綾世は拗ねてたけど」
泉:「付いて行きかねないからな」
結城:「確かに一人…っていうかこの場合二人だけど、見知らぬ土地に行くって不安だろうけどな。いくらなんでもそれはな…」
泉:「友達思いってことで」
結城:「いき過ぎた過保護だろ。藤乃だって同い年なのに、昔の名残なのかね」
泉:「昔の…」
結城:「でも、綾世はなんだかんだ言いつつ、ちゃんと受け入れてるみたいだな。藤乃の結婚も、外国行きのことも」
泉:「…あんなに文句言ってたけど?」
結城:「言いたいだけだろ。言って、発散させてんだよ」
泉:「よくわかるな」
結城:「何年の付き合いだと思ってるんだよ…」
泉:「俺は、あんまりわかってないから」
結城:「それはお前が見てなかっただけ」
泉:「そんなつもりは…」
結城:「ある。なんかさ、線引いてるっつーか。確かに仲は良かったけど。どこか距離あるっつーか」
泉:「……」
結城:「家が家だからしょうがないんだろうって思ってた。別に俺らはそれで文句なかったし」
泉:「…うん」
結城:「だけどお前、藤乃だけはちゃんと見てただろ。藤乃は、特別だったんだろ」
泉:「…そうだな。特別、だった」
結城:「過去形かよ」
泉:「…過去だし」
結城:「あ、そ」
綾世:「あー!二人とも遅い!」
結城:「なんだよ、まだ時間まで全然あるだろ」
綾世:「ないよ!」
結城:「はぁ?」
綾世:「ほら、急いで!泉くん」
泉:「え?ちょっと」
結城:「どこ行くんだよ、藤乃」
綾世:「しーっ!静かにして!いい?これから誰にも見つからないようにしてね」
結城:「…はぁ?」
ちょっと間
(ノック)
藤乃:「はーい。……あれ、綾世?入ってこないの?」
泉:「…あ、えと…」
藤乃:「えっ泉くん?なんで?」
泉:「綾世が……2人きりで話せるのは、これが最後だろうから、って…」
藤乃:「…もう、綾世…」(苦笑い)
泉:「結婚、おめでとう…」
藤乃:「ありがとう」
泉:「…衣装、似合ってる」
藤乃:「え?あ、ふふ。末廣くんより先に見られちゃったね」
泉:「…ごめん」
藤乃:「いいのいいの。このことは内緒ね」
泉:「うん」
藤乃:「じゃないと、きっと綾世まで怒られちゃうから」
泉:「あいつは…少しくらい怒られた方がいいんじゃないか。自由すぎ」
藤乃:「でも綾世らしいじゃない」
泉:「そうだけど」
藤乃:「……」
泉:「……」
藤乃:「…私ね…」
泉:「……」
藤乃:「泉くんに言われたように、幸せになるよ」
泉:「うん…」
藤乃:「って言うと、泉くんに言われたから幸せになるみたいで、ちょっと違うんだけど」
泉:「うん」
藤乃:「ちゃんと自分で、幸せになろうって、思ってるから」
泉:「うん」
藤乃:「外国は不安いっぱいだし、末廣くんとうまくやっていけるか多少の不安はあるけどね。でも、精一杯頑張る」
泉:「…うん」
藤乃:「だから…泉くんも、幸せになってね」
泉:「……」
藤乃:「お家、大変だろうけど」
泉:「もう、」
藤乃:「うん?」
泉:「もう、逃げたいって思ってない?」
藤乃:「え?」
泉:「無理に幸せだって自分に言い聞かせてない?」
藤乃:「そんなこと、ないよ…」
泉:「でも、あんまり嬉しそうに見えない」
藤乃:「っ なんで…」
泉:「我慢してる時の顔してる」
藤乃:「そういうこと、言わないでよ…」
泉:「…昔、逃げたいって藤乃が言ったよな、小さい頃」
藤乃:「…うん」
泉:「それで、1年前も」
藤乃:「……うん」
泉:「両方、藤乃からだった」
藤乃:「そうだね。我儘、言ったんだよね」
泉:「我儘だなんて思ってない」
藤乃:「…そうかな」
泉:「言わせてばっかりだった」
藤乃:「…私が、思っただけだから」
泉:「俺も、思ってた」
藤乃:「……」
泉:「思ってたけど、言えなかっただけだ」
藤乃:「そっか。無理に付き合わせちゃったかなって、思ってたから。良かった」
泉:「……」
藤乃:「……」
泉:「…なぁ」
藤乃:「うん?」
泉:「……逃げようか」
藤乃:「……ふっ」(軽くほほ笑むような)
泉:「……」
藤乃:「私はもう、逃げないよ。…私が自分で、決めたことだから」
泉:「…そっか」
藤乃:「うん。……もう、決めたの」
泉:「なら、仕方ないな」
藤乃:「泉くん」
泉:「ん?」
藤乃:「私ね。…泉くんのこと、好きだったよ」
泉:「……」
藤乃:「ちゃんと言ったこと、なかったから」
泉:「…そういえば、そうだったかな」
藤乃:「そうだったんだよ。ずっと」
間
泉M:(結局、俺は藤乃に言葉を返すことなく、部屋をでた。結婚式は無事に終わり、藤乃は末廣と共に外国へ行った。
綾世とはよく連絡をとっているらしいけれど、俺は家で親伝手にたまに話を聞くだけだった。
もしあの時、藤乃の手をとっていれば、何かが変わったんだろうか。気持ちを伝えていれば、変えられたんだろうか。
そんなどうしようもないことを、時折考える)
結城:「泉?さっきからぼーっとしてないか?」
泉:「え、そう?」
結城:「やっぱり調子悪いのか?」
泉:「別に…」
結城:「用意も手間取ってたし」
泉:「ごめんごめん」
結城:「あんまり遅いとまた綾世にどやされるぞ」
泉:「それは勘弁」
結城:「藤乃が帰国するってテンションあがってんだから」
泉:「数年ぶりだもんな」
結城:「5年ぶりか?」
泉:「だな」
結城:「結局、1度も帰ってこなかったもんな、藤乃。忙しいんだろうけど。お前の結婚式にも顔出さなかったし」
泉:「距離が距離だからな、仕方ない」
結城:「27かぁ。あっという間だな」
泉:「結城もそろそろ将来考えないとな」
結城:「いや…俺はまぁ、そのうちでいいや」
泉:「そういえば綾世も、」
結城:「おまっそれ綾世の前で言わない方がいいぞ?」
泉:「え、なんで?」
結城:「…結構、気にしてるっぽい…」
泉:「そうなのか?」
綾世:「結城ー!泉くーん!」
結城:「いいか、さっきの話はするなよ?」
泉:「う、うん…」
綾世:「え、何?」
結城:「いや、何でも」
綾世:「本当?」
泉:「ただ世間話してただけだから」
綾世:「ふぅん?ま、いいや。藤乃も末廣くんも先に着いてるから」
結城:「待たせちまったかな」
綾世:「2人はさっき来たとこ。私は待ったけど!」
結城:「お前はいいや」
綾世:「おい」
泉:「ごめん、俺が支度に時間かかって」
綾世:「そうなの?珍しい」
泉:「そう?」
綾世:「大体時間前に来るじゃん、泉くんは」
泉:「…たまには失敗もするってことで」
綾世:「いいけどね、これくらい。あ、藤乃ー!2人来たよー!」
藤乃:「2人とも、久しぶり」
結城:「久しぶりだなぁ。やっぱ5年振りだと変わるな」
藤乃:「そうだね、結城くん大人ぽくなったね」
綾世:「えぇ、そう?あんまり変わらなくない?」
藤乃:「しばらく会ってないと、そう見えるんだよ」
結城:「俺らはちょくちょく会ってるから、そんな気しないけどな」
藤乃:「泉くんも、久しぶりだね」
泉:「…久しぶり」
藤乃:「泉くんも大人っぽくなったね」
泉:「藤乃も」
藤乃:「そう?ありがとう。あ、結婚したんだよね、おめでとう」
泉:「…ありがとう」
藤乃:「式、行けなくてごめんね」
泉:「いや…」
綾世:「そうそう、泉くんの式、すごかったんだよ!豪華なの!」
結城:「流石だったよな」
綾世:「あれは本当驚いた…やっぱり私たちとは違うなって…」
藤乃:「へぇ、ちょっと見たかったな」
結城:「藤乃の時も相当だったけどな」
藤乃:「え、そう?」
綾世:「写真あるから、後で見せてあげる!」
藤乃:「うん」
綾世:「あ、そうだ!末廣くんが結城に渡したいものがあるって言ってたんだけど」
結城:「あぁ。頼みごとしてたんだった」
綾世:「いつの間にそんなに親しくなってたの?」
結城:「前に末廣の別荘に行った時からたまに連絡はしてたけど」
綾世:「えっそうなの?意外…」
結城:「そこまでか?」
綾世:「だってそんな話し聞いたことなかったし…何頼んだの?」
結城:「え?あー…大したもんじゃない」
綾世:「何それ、気になるじゃん」
結城:「何でもないって」
綾世:「じゃあ教えてよ」
結城:「嫌だ」
綾世:「あっそ。いいよ、勝手について行って見てやるから」
結城:「来るなよ」
綾世:「いいじゃん」
結城:「来るなって」
綾世:「いーやー」
(2人退場)
藤乃:「5年経つけど、2人は変わらないんだね」
泉:「ずっとあんな調子だな」
藤乃:「なんか、懐かしいなぁ」
泉:「…向こう、どうだった?」
藤乃:「最初は戸惑うことも多かったけど、日本人が周りにいたから、思ってたより過ごしやすかったよ」
泉:「そっか」
藤乃:「でもやっぱり、日本の方がいいね。ずっと過ごしてきたからだろうけど、帰ってきたー!って気がするの」
泉:「これからは日本に住むのか?」
藤乃:「予定としてはね」
泉:「良かったな」
藤乃:「でもいつまた外国に行くかわからないんだって。落ち着いていられないよね」(笑いながら)
泉:「忙しそうだな」
藤乃:「うん。忙しいみたい」
泉:「藤乃も」
藤乃:「私は…。うん、私も、忙しいかな。でも、毎日楽しく過ごしてるよ」
泉:「そう」
藤乃:「うん。あ、綾世が呼んでる…。もしかして、結城くんが頼んでたもの、見ちゃったのかな」
泉:「何を頼んでたんだ?」
藤乃:「あっちで有名なお菓子。結城くん、意外と甘党なんだね」
泉:「それを綾世が見つけたってことは…」
藤乃:「結城くん、可哀相だけど…」
泉:「綾世にとられるんだろうな…」
藤乃:「行こっか。ふふ、もしかしたら、私たちも食べれるかも」
泉:「…藤乃、少したくましくなった?」
藤乃:「えぇ?そうかなぁ」
泉:「…変わったんだな」
藤乃:「…そうかもね」
泉:「あのさ」
藤乃:「うん?」
泉:「……今、幸せか?」
藤乃:「、うん、もちろん!幸せだよ!」
藤乃M:(今の気持ちに、嘘偽りはない。
けれど時折、過去の記憶が蘇る。
私が望んだのは、叶うことのない逃避行だった。
あの時、強引にでもあの手を掴んでいれば、何かが変わっただろうか。
なんて、そんなこと。考えても意味はない。
私たちが選ばなかった、もう一つの道。
どこに続いていたのかなんて、知る由もない)
終
私の中の恋愛劇。
2014/4/15