落上の砂時計―鈴光堂―
生放送声劇のために書きおろし。2014/3/9初演。
バンドメンバー中心の話なので、春澄・朱音の出番は少なめ。
はりこのとらのあなにも置いてあるので、使用の際は一読お願いします。
配役
春澄(はるすみ):鈴光堂店主。面倒なことと騒がしいことが嫌い。
朱音(あかね):鈴光堂店員。割と淡々としている。
バンド「spes(スペース ラテン語で希望という意味)」メンバー
美希:ボーカル(&ギター)担当。作詞もする。プライドが高く我が強いが実力はある。途中から加わった。
理紗:コーラス&キーボード担当。作詞もする。元ボーカル。美希をバンドに誘った。
孝太:ギター担当。愛子の作曲を手伝う。愛子の曲を尊敬している。
康伸:ドラム担当。雑用兼任。リーダー。まとめ役で気苦労も多い。
愛子:ベース担当。作曲もする。作詞は2人に任せる。
*****
(バンドメンバーが集まる部屋)
康伸:「そろそろ新曲、考えないとなー。時期的に」
愛子:「うーん、そうなんだけど…」
康伸:「どうかしたか?」
愛子:「あんまり、ピンと来なくて…孝太、何かある?」
孝太:「俺?…一応、あるにはあるけど…」
愛子:「本当?聞かせて」
孝太:「でもあんま自信ないよ?愛子みたいにいい曲作れないし」
康伸:「そんなことないと思うけどな。俺、孝太の曲好きだし」
愛子:「私も。まだ経験が浅いってだけで、孝太は十分センスあるよ。後はいっぱい作ってくだけ!」
孝太:「そう、かなぁ…」
理紗:「お疲れー」
康伸:「お、理紗」
孝太:「お疲れー」
愛子:「あとは美希だけかー」
理紗:「…どうせ遅刻してくるんじゃない?」
孝太:「またそんな言い方…」
理紗:「康伸、リーダーなんだし美希にちゃんと言ったら?」
康伸:「俺に当たるなよー…」
理紗:「…ごめん」
愛子:「なんで最近、そんなに美希とギスギスしてるの?前はそんなことなかったのに」
孝太:「ていうか、美希をバンドに連れてきたの理紗じゃん。すげー仲良かったのに」
康伸:「2人だけで揉めてないで、バンドのことだったら俺たちにも相談しろよ?」
愛子:「ま、個人的な問題なら突っ込みはしないけどね」
孝太:「でもずっとそんな調子だと俺らもやりにくいっていうか…」
理紗:「うん…わかっては、いるんだけど…」
愛子:「あ、でね、孝太。この曲ね。いいとは思うんだけど、ちょっとうちのバンドらしさが足りない気がする」
理紗:「え、何?新曲の話?」
康伸:「そう。今、孝太が作ったの聞いてるとこ」
理紗:「聞かせて聞かせてー!」
孝太:「そう、なんだよなぁ…」
愛子:「でも、いいと思う。ちょっといじればいけるんじゃないかな」
孝太:「そう?」(照れる)
理紗:「…うん、私もいいと思う。いつもと路線違うけど、こういうのも有りじゃないかな」
康伸:「いつも愛子の曲ばっかりだしな。せっかく孝太が作れるようになったんだから、新しい曲調にチャレンジするのもいいんじゃないか」
愛子:「でも、「spes」らしさは忘れずに、ね」
康伸:「だな」
理紗:「私も頑張って歌詞考えるね!わくわくしてきた!」
孝太:「まだそれ完成じゃないけどな?」(ちょっと照れつつ笑いながら)
美希:「お疲れー」
愛子:「あ、美希!お疲れー」
康伸:「お疲れさん」
孝太:「お疲れー」
理紗:「…お疲れ」
康伸:「あー…遅かったな?」(理紗を気にしつつ)
愛子:「何かあったの?」(普通に問いかけて)
美希:「あぁ、電車遅れてたのよ。なんか事故?あったみたいで」
孝太:「まだ遅れてんだ。俺の時も遅れてたんだよね」
美希:「おかげでいつもより乗客多くてさー。バレそうになって焦ったわー」
愛子:「ファンの子?」
美希:「そー。「spesのボーカルじゃない?」とか「あの人美希に似てない?」とか。聞こえてるっての」
孝太:「大丈夫だった?」
美希:「さっさと逃げてきた!」(してやったりな感じ)
康伸:「人気でてきてありがたいけど、そういうとこは困るよなー」
愛子:「特に美希はボーカルで目立つからね」
孝太:「変装とかしたら?」
美希:「えー…逆にそっちのが怪しくない?」
孝太:「帽子とサングラスくらいなら、結構いるんじゃん?」
愛子:「ちょっと芸能人ぽいね」
康伸:「いや、一応俺ら片足突っ込んでるし」
愛子:「まーね。でも私はまだそんなに気付かれないから、あんま実感ないっていうか…」
孝太:「俺もそうだなー」
康伸:「だな。理紗は?」
理紗:「えっ…んー、たまに…かな?」
愛子:「あ、でも前よりは気付かれることは増えたよね」
孝太:「それはある」
康伸:「特に美希が入ってからはファンもかなり増えたし、知名度も上がってるから、俺らも一応対策しておいた方がいいかもな」
愛子:「そうねー、考えておかないと」
美希:「そういえば、さっき何やってたの?打ち合わせ?」
康伸:「あぁ、新曲の打ち合わせ」
美希:「えっ!新曲できたの!?」
孝太:「いや、できてはないんだけど…」
愛子:「今回はね、孝太の曲でいこうかって話し、してたんだ」
美希:「孝太の?」
愛子:「いつも私のばっかりだし、ちょっと雰囲気変えてみようかって」
美希:「これ?」
孝太:「うん…どうかな」
美希:「……」(新曲を聞いてる)
愛子:「あ、まだこれから変更はあるんだけどね?」
美希:「……。そうね…改善点はあるけど、いいんじゃない?」
康伸:「じゃ、新曲はそれで決定だな」
美希:「孝太らしさがでてて、良いと思う」
孝太:「そう?ありがとう」
美希:「歌うのが楽しみになってきたなー!」
康伸:「理紗と似たようなこと言ってるな」(笑いを含みながら)
美希:「え?」
愛子:「さっき、理紗が「わくわくしてきた!」って言っててね。歌詞頑張って考えるって張り切ってたの」(同じく少し微笑ましく思ってる感じで)
美希:「…へー。でも、せっかくだし私も、歌詞つけたいな」
理紗:「え…」
愛子:「?どうしたの?」
美希:「孝太はどっちに書いて欲しい?」
孝太:「え??二人で一緒に考えるんじゃないの??」
美希:「うーん、理紗とは意見が合わなくてさ」
理紗:「私も。美希とは一緒に考えたくないの。私の考え方と違うんだよ」
康伸:「あー…お前らの原因、もしかしてそこ?」
理紗:「……」
美希:「原因?て何の話?」
愛子:「二人が最近、なんかギスギスしてるよねって」
美希:「あぁ…」
理紗:「別にそれだけが原因じゃないけどね」
孝太:「どうしたんだよ、お前ら…」
康伸:「意見が合わないからって、そこまでなるか?」
愛子:「今までだって、こんなことなかったのにね」
美希:「それより歌詞!どうするの?」
孝太:「俺は2人の歌詞どっちも好きだから、特に…一緒に作るんだと思ってたし」
美希:「じゃあ私でいいよね?」
理紗:「はぁ?なんでよ」
美希:「歌うの私だからよ」
理紗:「なんでそんな勝手に…っ!」
美希:「ボーカルが歌いやすくて、感情が乗る歌詞がいいじゃない。自分で作った方が気持ちが篭もるの」
理紗:「私だってコーラスするのに歌いやすさってあるんだけど?」
美希:「少しでしょ?ほとんど私が歌うんだから、私に合わせてよ。ファンだって感情のある歌声を聞きたいはずだし」
理紗:「あのね、これは「spes」の新曲なの。美希だけの曲じゃないの」
美希:「そんなことわかってる。でもバンドの顔である私のやりやすさを考慮してくれたっていいと思うけど?」
理紗:「何その言い方。「spes」は5人で「spes」なの。誰が優遇されるべきとか、そういうことはないの」
康伸:「ちょっとストップストップ!」
愛子:「本当に喧嘩中なんだね…」
孝太:「論点ずれてきてるし」
美希:「はぁ(ため息)」
理紗:「あーあ…(呟く)」
康伸:「ったく…どうすっかね」
孝太:「っても、今俺出せるのこれ1曲しかないから…一緒にやってもらうかどっちかに諦めてもらうしかない…んじゃ、ない?」
康伸:「だよなー…」
愛子:「わかった。私も1曲作るよ」
康伸:「え?できるのか?」
愛子:「んー…なんとか、やってみる。時間はちょっと、かかるかもしれないけど…」
孝太:「…大丈夫?」
愛子:「多分…。美希、私の方に歌詞書いてくれない?」
美希:「え、私?」
愛子:「うん。嫌?」
美希:「嫌じゃないよ!私、愛子の曲だって好きだから嬉しい!」
愛子:「良かった。じゃあ理紗に孝太の曲、お願いしてもいい?」
理紗:「うん。わかった」
康伸:「…悪いな」(愛子にぽつりと)
愛子:「へーきへーき!」
孝太:「何か手伝えることあったら言ってな?」
愛子:「ありがと。とりあえずー…アイディアを出すべく!気分転換的に街にでも出ますかね!!」
美希:「あ、いいね!私も行く!そしたら愛子が思いついた曲に同じ視点で歌詞つけられるし」
愛子:「おっいいねーそれ!」
康伸:「…それお前らが出かけたいだけなんじゃ…」
孝太:「まぁ、愛子に負担かけるし、いいんじゃない?」
愛子:「あんたたちはどうする?」
康伸:「えっ俺ら?」
孝太:「いや、俺らはー…」
康伸:「振り回されそうだし…」(ぼそっと)
孝太:「目に見えてるもんな」(ぼそっと)
愛子:「みんなで行ったら、2人も仲直りするかもしれないじゃん!親睦を深めるってことで!!参加しなよ!!」(割り込んで小声で叫ぶ)
康伸:「親睦も何もないと思うけどな」
孝太:「でも、まぁいい機会、かも?」
愛子:「理紗は?理紗も行かない?」
理紗:「うーん…」
愛子:「せっかくだし!ね?」
理紗:「ん、うん。そうだね、行こっかな」
愛子:「よっし!んじゃ、しゅっぱーつ!」
康伸:「あ、お前らバレないように一応帽子とか被っておけよ!って、聞いてんのかよ…」
場転(鈴光堂前の道路付近)
孝太:「つ…かれ、た…」
康伸:「元気すぎだろ…あのテンションどっからでてくるんだよ…」
美希:「何へたってんの!情けない!」
愛子:「大分回ったもんねー」
理紗:「で、愛子は何かいいアイディア思いついた?」
愛子:「それが…なーんかいまいち…」
康伸:「あれだけ騒いでおいてか!」
愛子:「それとこれとは別!」
孝太:「まぁ、その気持ちはわかるけど」
理紗:「私もわかるなー」
愛子:「でしょ?」
美希:「ねぇ」
愛子:「ん?どした?」
美希:「あの店、なんだろう」
康伸:「店?」
孝太:「え、どれ?」
美希:「ほら、あそこの古い…多分、店だと思うんだけど…」
康伸:「あ、あれかー。俺ここら辺通らないから知らないな」
孝太:「看板ないけど、あれ本当にお店…?」
愛子:「私も知らないなー。理紗は知ってる?」
理紗:「ううん。私もこっちあんまり来ないから」
美希:「ね、ちょっと行ってみようよ」
康伸:「え、あの店?」
孝太:「入って大丈夫?お店じゃなかったりして…」
美希:「大丈夫だって!なんか商品ぽいの置いてあるの見えるし!」
愛子:「まぁいいじゃない。なんか雰囲気あるから、こうビビッとインスピレーションが刺激されるかも!」
理紗:「確かにちょっと気になるかも…」
康伸:「じゃあ、あの店で最後な?俺らもう疲れたし」
孝太:「てか、腹減った、俺…」
美希:「了解了解!終わったらご飯食べに行こう!」
康伸:「しっかし、わかりにくい店?だよなー」
孝太:「これでちゃんと営業できてるんかな?」
愛子:「店長の趣味でやってる、とかじゃない?」
理紗:「知る人ぞ知る的な?」
愛子:「カッコイイよね、そういうの!何のお店なのかなー」
美希:「開けるよ?」
孝太:「え」
康伸:「勝手に開けて大丈夫か?インターホンとか…」
美希:「店入るのにインターホン押さないでしょ。それに、こんな古い家にインターホンなんてついてないって」
愛子:「でも最近の家は、古くても後からインターホンつけたりしてるんじゃない?世の中物騒だし」
理紗:「んーでも、この家には見当たらないけど…」
美希:「大丈夫だって!」
康伸:「あ、ちょ、」
(美希がドアを開ける)
美希:「ほら、ちゃんと店っぽいじゃん。何の店かは…わからないけど」
理紗:「雑貨屋さん…?かなぁ?」
愛子:「それにしては、統一性がないというか、整理されていないというか…」
孝太:「値札もついてないし、どっちかっていうと商品というより展示してるような感じ?」
康伸:「店員は?いないのか?」
朱音:「ここにいますけど」
5人:「うわっ」「きゃっ」「びっくりした」など口ぐちに
朱音:「いらっしゃいませ。すみません、ちょうどドアに隠れる場所で掃除をしていたので」
美希:「ここって店?」
朱音:「そうですね」
理紗:「雑貨屋さん…ですか?」
朱音:「まぁ、そのようなものでしょうか。持ち込み品も多いので、今時の言葉でいえばリサイクル店ですかね」
愛子:「へぇ!でも古臭い感じはないよね。店自体はちょっと…年季入ってるけど」
康伸:「看板がないので、店じゃなかったらどうしようかと…」
孝太:「値札もないしね」
朱音:「あぁ、すみません。値段は私に聞いていただければお教えします」
美希:「なかなか雰囲気ある店よね。なんて名前なの?」
朱音:「鈴光堂と申します」
美希:「へぇ…。ちょっと見つけて得した気分」
朱音:「あなたがうちの店を見つけられたのですか?」
美希:「うん、そう。気がつかなかったわ、こんな店があったなんて」
朱音:「そうですか」
理紗:「あの、見て回ってもいいですか?商品がいろいろあるみたいなので」
朱音:「ご自由にどうぞ」
康伸:「本当にいろんなジャンルのもの置いてるんだなー」
孝太:「ちょっと見てるの楽しいかも」
康伸:「今日は女性用の店ばっか回ってたもんな…」
愛子:「意外と店内広いね」
孝太:「そんで、ホントにジャンルばらばらなんだな」
康伸:「なんで食器の横に靴下が並べられてんだ…?」
理紗:「あ、楽器もある」
愛子:「えっどれ!?」
康伸:「でも中古なんだろ?」
孝太:「それでもやっぱ気になるでしょー」
理紗:「あ、あっちにベースある」
愛子:「マジで!!ちょ、みんな他にも何かないか探して!」
康伸:「え、あんま探しまわるのは…」
朱音:「元ある場所に戻せば、壊さない限り触って大丈夫ですよ」
愛子:「ほらー!!探す!!」
理紗:「あはは…すみません。あの子、楽器に目がなくて…」(苦笑)
朱音:「いえ、お好きなんですね」
理紗:「えぇ、一応バンドを組んでるんです」
朱音:「そうなんですか。私はあまりそういうことには詳しくないのですが」
理紗:「いえ、まだ知名度はそんなに…最近、ようやく軌道に乗り始めたようなバンドなんです」
朱音:「この辺りで活動されているんですか?」
理紗:「はい。「spes」ってバンドなんですけど」
朱音:「あぁ、少しだけ聞いたことありますよ。曲はわかりませんが、情報としてだけ」
理紗:「えっ!?本当ですか?」
朱音:「元は4名で活動していたところに、ボーカル兼ギターの新メンバーが入り、現在5名で活動。若者を中心に人気のバンドで、ライブは毎回売り切れがでる程」
理紗:「あ、はい…ありがたいことに」
朱音:「新メンバーって、彼女ですか?」(美希を見て)
理紗:「え?あ、はい、そうです。美希っていうんですけど…知ってたんですか?」
朱音:「いえ、ただの勘です」
理紗:「勘…?」
美希:「ねぇ」(タイミングよく振り返るも、朱音と理紗の会話は聞こえていない)
朱音:「はい、なんでしょう」
美希:「あれ、いくら?」
朱音:「あぁ、そちらの棚は売り物ではないんです」
美希:「売ってないの?」
朱音:「基本的にその棚に並べられているものは観賞用です」
美希:「えー…そうなの…」
朱音:「何か気に入ったものでもありましたか?」
美希:「うん。あの砂時計。細工も凝ってるけど、中の砂が他の砂時計と比べ物にならないくらい綺麗」
朱音:「そうですか…。一応、店長に聞いてみましょうか?」
美希:「え、いいの?」
朱音:「お売りできるかはわかりませんが…。店長のきまぐれで、その棚の商品は売ることもありますので」
美希:「じゃあ聞いてみて!っていうか…店長ってあんたじゃないんだね。てっきり店長だと思ってた」
朱音:「私はただの従業員です。店長は春澄という者です」
美希:「あ、そうなんだ」
朱音:「では少しお待ちいただいて、」
春澄:「なんだ、騒がしいな」(遮るように登場)
朱音:「ちょうどいいところに。あれがうちの店長です」
春澄:「なんでこんなに人がいるんだ…」(ちょっと嫌そう)
朱音:「お客様です」
春澄:「冷やかしか?」
朱音:「そんな訳ないでしょう」
春澄:「わからないじゃないか。ただ目に入って立ち寄ったという可能性もなくはない」
朱音:「例えそうでも、お客様の前でそれを口に出すのはどうなんですか」
春澄:「これだけ騒がしいんだから、そう思ってもしょうがないだろう?」
康伸:「すみません」
孝太:「愛子、落ち着け」
愛子:「あっ すみません、つい…」
理紗:「すみませんでした。愛子、楽器は終わりにして、あっち見ない?」
孝太:「何があんの?」
理紗:「小物系?かな?なんかいいの見つかるかも」
愛子:「いいね!見に行こう!」
康伸:「愛子…心配だから見張ってるか…」
孝太:「流石リーダー」
康伸:「たく…子守りじゃねぇっての…」
(4人は離れた場所へ)
朱音:「それでですね、春澄さん。あの砂時計を欲しいと言われたんですが」
春澄:「砂時計…?…あれか。誰が?」
朱音:「こちらの方です」
美希:「売り物じゃないとは聞いたし、無理にとは言わないけど…」
春澄:「ふーん。…やめておいた方がいいと思うけどね」
美希:「え?」
春澄:「君とこの砂時計は、あまり相性がよくないみたいだ。決定的に悪い訳ではないから、無理に止めはしないけど」
美希:「どういうこと?」
春澄:「あー、でも面倒なことになるのは嫌だな」
朱音:「珍しく面白がらないんですね」
春澄:「騒がしいのは好きじゃない」
朱音:「そういえば、この方たち、ここら辺で人気のバンドなんだそうですよ」
美希:「え、私らのこと知ってんの?」
朱音:「そういう情報を聞いたことがある程度です。先ほど一緒だった方に確認をとりました」
美希:「理紗か」
春澄:「なんだ、朱音はそういうのに興味あるのか?知らなかったよ」(ちょっとからかうような)
朱音:「興味のあるなしではなく、情報収集の一環です。常に更新しておかないと、時代に取り残されてしまいますから」
春澄:「そう言っているが、お前はやっぱり一時代遅れてる気がするんだがな」
朱音:「そんなことないです。今回のは日ごろの成果です。春澄さんは知らなかったでしょう?」
春澄:「うん、僕は知らないし興味もない」
朱音:「春澄さんももっとこの時代について学ぶべきだと思いますよ」
春澄:「そんなことしなくても生きていける。第一、すぐに流行りなんて変わってしまうんだから、ただの手間だよ。面倒だ」
朱音:「またそういう…」
美希:「ねぇ、それで結局、売ってくれないってこと?」
春澄:「僕としてはお勧めはしないけど、どうしてもというなら買っていけばいい。朱音のおかげで気が変わったよ」
美希:「?よくわかんないけど…朱音さん、だっけ?の、おかげ?なの? ま、いいや。アリガト」
朱音:「いえ、私は何も」
春澄:「あ。言い忘れていたけど、ひとつ条件があるんだった」
美希:「条件…?」
春澄:「そう。それを守れるなら、売ってもいい」
美希:「どんな?」
春澄:「砂が落ち切るまで、その砂時計を逆さまにしてはいけない」
美希:「…は?」
春澄:「それだけだ。何か質問が?」
美希:「え…いや…」
春澄:「なんだ、わかりにくいのか?つまり、上に砂が残っている状態でひっくり返すなと言っているんだが」
美希:「いやわかるって!じゃなくて、それだけ?別に普通じゃない?」
春澄:「まぁ、砂時計を一般的に使用する場合はそれが普通だな。そうじゃないと時間を計れない。ちなみに、その砂時計は5分計だ」
美希:「あっそうなの。とりあえずその条件?とやらは守るわ。もっと難しいことかと思ったから、肩透かしだわ」
春澄:「値段は…そうだな…3万てとこか?」
美希:「はっ?そんなにすんの!?」
春澄:「これからかかるだろう迷惑料込なんだから、随分と破格だと思うけどな?嫌なら買わなくていい」
美希:「迷惑料?ってなに?あ、もしかして愛子たちが騒いでたからってこと?」
春澄:「はぁ(ため息)」(説明するのが面倒な様子)
美希:「まぁそれはこっちが悪いし…あいつらに後で奢らせればいっか。はい、3万ね」
朱音:「はい、確かに。それではこちらが商品です。梱包はしてありますが、細工が繊細なのでお気をつけてお持ち帰りください」
美希:「わかった」
愛子:「あれ?美希何か買ったの?」
美希:「うん。って…愛子…」
愛子:「うん?何?」
美希:「何そんなに抱えてんの…」
愛子:「え、気に入ったから買っていこうかなって」
美希:「そんなに…?」
孝太:「俺らも言ったんだけどさ…」(疲れてる)
康伸:「自分で買うんだし、いいんじゃないってことで…」(疲れてる)
愛子:「すみません、これ全部でいくらになりますか?」
朱音:「えぇと、少しお待ちくださいね」
春澄:「…うちでこんなに買っていく客なんて初めてだな…」
愛子:「そうなんですか?気に入ったもの探すの楽しくて、つい!」
朱音:「うちはお客様があまり来ないので、またぜひ探しにきてください」
愛子:「はい!」
理紗:「あ、私もこれ欲しいんですけど…」
孝太:「あいつら、よくこんなに次々と買い物するよな。前の店でも散々買ってたのに」
康伸:「会計終わったか?そろそろ出るぞ」
理紗:「はーい」
愛子:「また今度来まーす!」
美希:「じゃあ」
朱音:「ありがとうございました」
5人退店
春澄:「…無駄に疲れた」
朱音:「確かに、若さというか元気があったというか」
春澄:「多人数入店お断りの看板でも立てるか」
朱音:「そこまでする程、お客様来ないですよ」
春澄:「ふっ(ため息のような、ちょっとばかにしているような)」
間(数日後)
(バンドメンバーが集まる部屋)
孝太:「曲、一応アドバイスもらったとこ直してみたんだけど」
愛子:「どれどれ? …いいねいいね!孝太っぽいけど、「spes」らしさも出てる!」
康伸:「…お、前のも好きだけど、こっちも良さげだな」
美希:「…うん、いい曲」
理紗:「私も大体歌詞考えてきたから、これからちょっと手直しするね」
愛子:「あ、私の方も大体だけど作ってきたよ」
康伸:「早いな」
愛子:「この前のお店でさ、なんかこう…降ってきたの!曲が!!」
康伸:「へ、へぇ?」(あまりよくわかっていない)
美希:「…本当だ。それっぽい」
愛子:「でしょー?あ、でもまだ細かいとこ詰めてないんだ。今やっちゃおうかな」
美希:「大体雰囲気掴めたし、私も書き始めよっかな」
愛子:「お願いね!…て、美希、最近それずっと持ってるよね?」
美希:「ん?あぁ、これ」
康伸:「砂時計、だよな?」
孝太:「でも使ってないよな?飾り?」
美希:「これ、あの店で買ったんだ」
愛子:「あ、それ買ってたんだー」
美希:「一応使えるんだけどさ。時間計るんだったら時計の方が便利だし、ほとんど飾りになってる」
康伸:「高そうだな」
美希:「3万だした」
孝太:「は?3万?」
美希:「うん」
孝太:「マジか…」
康伸:「よく3万も出したな…」
美希:「あ、そうだ!あんたらが騒いだせいで迷惑料込って言われたんだから!!」
孝太:「えぇ〜…」
康伸:「それ俺らじゃなくて愛子…」
美希:「連帯責任よ、連・帯・責・任!」
理紗:「孝太ー」
孝太:「ん?何?」
理紗:「歌詞なんだけどさ。こんな感じでどうかな?」
孝太:「んーっと……。俺はあんま歌詞とかわかんないんだけど、いいんじゃないかな?」
理紗:「本当?イメージと違うとか、ない?」
美希:「見せて」
康伸:「あ、俺も見たい」
孝太:「イメージ、はあるんだけど…言葉でのイメージはあんまり思い浮かばないっていうか…」
理紗:「そっかー…」
孝太:「だから、理紗が思った通りでいいよ」
理紗:「うん」
美希:「なんか、違う」
康伸:「え?何が?」
美希:「これじゃあ、愛子が書いた曲につける歌詞と雰囲気が同じ。孝太らしさを消しちゃってる」
孝太:「え?…ごめん、俺、歌詞は全然わからないから…」
美希:「同じ曲を聞いても、歌詞一文字で聞いてる方の感じ方が変わってくる。だから、今までと雰囲気が同じ歌詞じゃ、孝太が作った曲につける意味がない。これじゃ孝太の曲が可哀相」
理紗:「っ だからって違う雰囲気になったら、それはもう「spes」の曲じゃなくなるでしょ」
美希:「そ。だから「spes」らしさを残しながら孝太の曲の味を引き出す。それが作詞のすることでしょ?それができてないって言ってるの」
理紗:「孝太はいいって言ったけど?」
美希:「あのね…(ため息) 孝太は本人が言ってる通り歌詞が書けないんだから、良いも悪いもそこまでわからないでしょ」
孝太:「…ごめん」
理紗:「ちょっと、そんな言い方、」
美希:「別に孝太を責めてる訳じゃないの」
孝太:「…うん。美希の言ってる通りだし」
理紗:「だからって…!」
美希:「私は孝太の曲がもったいないって言ってるの。こんなにいい曲なのに、歌詞で台無し」
理紗:「はぁ?そこまで言う?!」
美希:「言うわよ、言わせてもらうわよ!だって「spes」の曲としてみんなの前で歌うのに、こんな歌詞でファンに聞かせられない」
理紗:「何なの?大体、孝太の曲は私が書くことになったじゃない。美希がそこまで口を出さないで」
美希:「歌うのは私なの。こんな歌詞で歌いたくない」
理紗:「じゃあ歌わなきゃいいでしょ!そんな我儘聞いてられない!」
美希:「私が歌わないで、誰が歌うのよ?」
理紗:「私が歌うわ。私が書いた歌詞だもの。美希が前に言ったように、そうした方が感情が篭もるしね!美希が歌うより!!」
美希:「歌えるの?」(馬鹿にした感じ)
理紗:「歌えるわよ!」
美希:「コーラスしかやってないのに?いきなり1曲全部歌えるの?」
理紗:「っ美希がバンドに入る前までは私がボーカルだったんだから!」
美希:「知ってる。けど、それで売れなかったから、私に声をかけたんでしょ?」
理紗:「っ 違うわよ!!」
美希:「そう?てっきり自分じゃ力不足だとわかったから私をメンバーにしたのかと」
康伸:「おい、その辺でやめとけよ」
理紗:「何よ、自分だって「spes」に入るまで全然だったクセに!一人じゃやっていけないから、入ったんでしょう!?」
美希:「はぁ?」
理紗:「「spes」に入って売れたからって、自分のおかげだと思って調子に乗ってるけどさ。それは愛子の曲や、康伸と孝太の演奏があるからでしょう?」
美希:「調子に乗ってるって何」
理紗:「乗ってるじゃない!確かにボーカルはバンドの顔っていうけど、だからって偉い訳じゃない。みんなで「spes」やってんの!」
孝太:「理紗、落ち着いて…」
康伸:「ストップストップ!はぁ…作詞についてで揉めてるのかと思ってたけどさ。他にも随分あるみたいだな?お互い」
美希:「…はぁ(ため息)」
理紗:「…っ」
康伸:「俺は一応リーダーだから、どっちに肩入れするとかはないけど。どっちの意見もわかるし。孝太は?」
孝太:「俺? 俺は…どっちがどうとかはないけどさ」
康伸:「うん」
孝太:「やっぱ、やりにくいよ…。こんな状態で続けては、いけないんじゃないの?」
康伸:「だな。次のライブで、まずは孝太の新曲を出そうと思ってる。今決まってるライブが終わるまでこの状態なら、一度考え直さないといけないかもな」
美希:「……」(むすっとした感じ)
理紗:「……」(納得してない感じ)
孝太:「……はぁ(そんな2人にため息)」
愛子:「よっし、できたー!って…あれ?どうしたの??」(わかってない)
康伸:「ちょっとな…。毎回ながら、お前の集中力はすげーよ…」
愛子:「へ??」
間(数日後の新曲発表ライブ後)
理紗:「ふざけないで!」
美希:「別にふざけてないけど」
理紗:「じゃああれは何?間違えたとは言わせないわよ」
美希:「私は私のベストだと思ったことをしただけ」
理紗:「だからって本番で勝手に歌詞を変えて歌うなんて信じられない!」
美希:「私は何度も変えてって言ったのに、聞き入れてくれなかったじゃない」
理紗:「私も何度も言ったはずよ!あの曲は私が作詞を任されたの。孝太からの不満なら聞き入れるけど、ほとんど全部の変更なんて美希の勝手な希望を聞けるわけないでしょう!」
美希:「だから、あれじゃダメなんだって」
理紗:「それは美希が言ってるだけでしょ!?」
美希:「その証拠に、今日の新曲発表はファンから好評だったじゃない」
理紗:「それは、みんな元の歌詞を知らないからよ!」
美希:「今更理紗の歌詞で歌ったら、ファンはがっかりするんじゃない?今日聞いた歌詞の方が良かった、って」
理紗:「っ!そんなのわかんないでしょ!」
美希:「じゃあ今度は理紗の歌詞で歌ってみようか?」
理紗:「…今更そんなこと…。一度発表しちゃったんだから、変更なんでできないでしょ…」
美希:「じゃあ私の歌詞で決定ね」
理紗:「…っなんで、そうやって、勝手なことばっかり…!」
康伸:「美希、今日のはやりすぎだろ」
美希:「何よ、反応良かったんだからいいじゃない」
孝太:「でも、理紗が一生懸命考えた歌詞をいきなり変えるなんて…」
愛子:「驚いて演奏止めそうになったわよ…」
康伸:「そうなったら、孝太の新曲発表が台無しになるところだったんだからな」
美希:「…そう、ね。みんなには迷惑かけた。ごめん…」
康伸:「もう勘弁してくれよ、本当」
美希:「でも!歌詞は変えないから」
康伸:「あのなぁ…」
愛子:「美希…」
美希:「孝太だってあの歌詞に「いいね」って言ってくれたもの」
理紗:「え?」
康伸:「は?」
愛子:「どういうこと…?」
孝太:「え!?いや、俺は美希に「私だったらこういう歌詞を書く」って言われたのを見て、こっちはこっちでいいねって言っただけで…」
康伸:「別に変えていいって言ったんじゃないだろ…」
愛子:「どうするの?」
康伸:「今日美希の歌詞で出しちゃったしな…」
愛子:「じゃあそっちでいく?」
理紗:「ちょっと!待ってよ!」
孝太:「それは理紗が可哀相じゃないか?せっかく考えてくれていきなり…」
康伸:「だけど「あれは間違いでした」なんて言えないだろ。新曲発表しますって大々的に告知しちゃってたんだし…」
愛子:「そう、だよね…」
理紗:「っ!」
孝太:「理紗…」
理紗:「…なんで…っ」
康伸:「理紗、ごめん…でも、俺らの信用にも関わるっていうかさ」
愛子:「美希、もうこんなことしないでよ?」
美希:「ごめんって。ちょっとやりすぎたとは、思ってる…」
理紗:「そうやって!美希はいっつも自分勝手!」
孝太:「おい、理紗」
理紗:「そんなに自分の好きなようにやりたいなら、一人でやりなよ!これ以上勝手なことしないで!!」
康伸:「ちょ、危ないから!落ち着け!」
理紗:「離して!!」
康伸:「うおっ!いてっ」(机の上を巻き込んで転ぶ)
美希:「じゃあ何、私は黙って歌ってればいいって?何もするなって!?」
愛子:「ちょ、大丈夫?」
孝太:「あーあー、もう…」(呆れ気味)
愛子:「派手に転んだね…」
理紗:「そこまで言ってないでしょう!美希はやりすぎなの!なんでもうちょっと周りを見ないの?自分が自分がって、そればっかり!」
美希:「私が意見言っても聞いてくれない理紗がそれを言う?」
康伸:「あ」
愛子:「うわ、ちょっとこれ…」
孝太:「あーあ…」
康伸:「美希…」
美希:「何!?」(興奮したまま返事しちゃう)
愛子:「これ…」
美希:「え?…あ、砂時計…」
康伸:「悪い、ぶつかって、」
美希:「貸して!」
愛子:「細工が少し取れちゃったみたいで…」
美希:「…砂が…」
孝太:「砂?」
美希:「動いてる…」
孝太:「そりゃあ砂時計だからな?」
美希:「……全部、落ちるまで…」(砂時計を見ながら呟く)
愛子:「美希?やっぱショックだったのかな…?」
康伸:「随分気に入ってたもんな…」
理紗:「…っ」
美希:「……ひっくり返しては、いけない…」(砂時計を見ながら呟く)
理紗:「〜っ悪かったわよ!壊して!直せばいいんでしょっ」(相変わらず興奮したままで、ヤケになってる)
孝太:「おい理紗、だから落ち着けって」
理紗:「貸して!!」(愛子から取れた細工をひったくる)
愛子:「あ、ちょ、理紗!」
理紗:「私がちゃんと直すわよ!!」(美希から砂時計をひったくる)
美希:「えっ!?(砂時計を見てて、反応が遅れる) 返して!!」
理紗:「(細工を見て)何よ、元々取れる仕組みなんじゃない。別に壊したわけじゃなかった、勘違い!はめ込めばすぐに戻るじゃん」(細工をはめるために時計をひっくり返そうとする)
美希:「やめてよ!!」
理紗:「直すって言ってるでしょ。後から文句言われるのは嫌だからね!」(砂が落ち切っていないのに、ひっくり返してしまう)
美希:「だめ…っ」
理紗:「ほら、はまったじゃない!」
美希:「きゃっ」(短い悲鳴・しゃがみこむ)
愛子:「美希!?どうしたの!?」
理紗:「え?…私、何もしてない…」
康伸:「美希?」
美希:「なに…これ…」(呟く)
孝太:「おい、美希?」
美希:「え、何?何なの…!?」(訳がわからない様子、怖がりつつ)
愛子:「ちょっと美希、大丈夫!?」(揺さぶる)
理紗:「……」
康伸:「どうしたんだよ?」
美希:「なんか、変……おかしいの」
孝太:「何が?」
美希:「視界が……」
愛子:「視界?」
美希:「目は、見えてるんだけど……逆さまに、映ってる」
康伸:「は?」
孝太:「逆さま?」
美希:「逆立ちした時みたいに…地面が、上で…天井が下にある…」
愛子:「うん?…え??」
孝太:「どっかぶつけたのか?」
美希:「ううん。いきなり…。あ、理紗が!砂時計、ひっくり返したから!」
理紗:「…え?」
美希:「その砂時計!買った時に、条件出されて…途中でひっくり返すなって。でもさっき、机から落ちたせいで流れてる砂時計を、理紗が反対にしたから…」
理紗:「は?本気で言ってるの?」
美希:「当たり前でしょ!?」
理紗:「そんな話、信じると思う?その視界が変だっていうのも、意味わかんないし。自分勝手に振る舞うんじゃ飽き足らずに、今度は芝居?」
美希:「本当だって!」
愛子:「んー、でも、ちょっと…信じがたい、よね…」
康伸:「別に美希が嘘をつくって思ってる訳じゃないけど、さ」
孝太:「病院とか一応行った方がいいんじゃない?眼科…とか」
美希:「そんな!そういうのじゃ…」
理紗:「いきなりそんなこと言われて信じられるわ、け……え?」
康伸:「理紗?」
愛子:「どうかした?」
理紗:「え…ちょっと…嘘、でしょ…?」
孝太:「理紗までどうしたんだよ」
理紗:「これ……」
康伸:「美希の砂時計がどうかし…は?」
愛子:「え?…え!?」
孝太:「砂が…逆に流れてる…?」
理紗:「…うん……」
愛子:「え、理紗何したの!?」
理紗:「私は何もしてないよ!」
孝太:「じゃあなんで砂が下から上に落ちてくんだよ!?」
康伸:「そういう細工っていう、可能性も…」
理紗:「…それっぽいものは、見当たらない、けど…」
孝太:「なんかさ…それって、美希が言ったのと同じじゃないか?」
愛子:「え?何が?」
孝太:「美希は視界が上下逆さまに見えるって言ってた…その、砂時計も上下が反対に動いてる…」
愛子:「あぁ…!」(気がついた)
康伸:「だからって、何も解決してないけどな」
理紗:「……あの店に行ったらどうかな」
愛子:「あの店って…これを買った?なんだっけ、名前…」
美希:「…鈴光堂…」(呟く)
理紗:「うん。さっきまで信じられないって思ったけど、こんなの、見ちゃったし…。それに、美希の様子もやっぱり、変…だよ、ね…」
康伸:「とりあえず行ってみるか」
孝太:「今はそれしか思いつかないし」
愛子:「だね。美希、立てる?」
美希:「う、うん…多分、あっ」(感覚が掴めずにふらつく)
愛子:「わっ…と。だめかな…」(支える)
康伸:「つっても、行かないことにはどうにも…。俺たちだけで行っても意味ないだろうし。第一説明ができない」
孝太:「運ぶ訳にも…行かないしな」
理紗:「…あのさ、見えるせいで感覚がつかめないんだから、目を閉じれてばいいんじゃない?」
美希:「え?」
理紗:「怖いかもしれないけど、今見てる世界よりはマシかなって」
美希:「それは…」
理紗:「お店までは、私たちが手を引くから。怖いとは思うけど。多分それが、一番いいと思う」
愛子:「あ、いい考え!反対の手は私が持っててあげるから!」
美希:「う、ん……ありがとう…」
理紗:「じゃあ、行こう」
場転(鈴光堂)
理紗:「今、お店の前に着いたよ」
美希:「うん…」
愛子:「大丈夫?」
美希:「…うん」
康伸:「開けるぞ?」
理紗:「うん」
朱音:「いらっしゃいませ」
理紗:「ひと月ほど前に、こちらで買い物をした者なのですが…」
朱音:「はい、覚えてます」
理紗:「美希が…この子が買った、砂時計についてお聞きしたいんですけど」
朱音:「あぁ。その様子ですと…条件を守っていただけなかったようですね」
美希:「……」
理紗:「やっぱりこれのせいなの!?」(孝太が持ってた砂時計を指す)
朱音:「まぁ…そうなりますかね?」
理紗:「!!これ、どういうことなの!?美希の目が、変になっちゃって…」(最初は勢いよく、後半泣きそうに)
朱音:「詳しいことは店長からお話します。呼んできますからお待ちください」
朱音、はける
康伸:「とりあえず原因がはっきりして良かった…のか?」
理紗:「まだ、わかんないじゃない…」
孝太:「でも店長呼んでくるんだし、何かわかるんじゃないか」
愛子:「美希、大丈夫?」
美希:「、うん。二人が手繋いでてくれてるから…」
理紗:「美希…」
春澄と朱音が戻る
春澄:「だから僕はお勧めはしないって言ったんだ」
朱音:「でも結局売ったのは春澄さんですから」
春澄:「面倒は嫌いなのに…。で、君たちは治し方を聞きに来た訳か」
理紗:「治るんですか!?」
春澄:「あぁ、本当についさっきの出来事なんだな。これならさして問題はないだろう」
愛子:「良かった…!」
康伸:「薬とか、あるんですか?」(訝しげに)
春澄:「ふっ(鼻で笑う) うちに薬なんておいている訳がないだろう」
孝太:「じゃあ、どうやって…」
春澄:「その砂時計」(孝太の持ってる砂時計を指して)
孝太:「これ?」
春澄:「それを、そいつ(美希)の近くに置いて、砂が落ち切る前に逆さまにする。それを九十九回」
康伸:「九十九!?」
愛子:「え、そんなに…?」
春澄:「時間だと8時間くらいか。もし失敗したなら、もちろん最初からだ」
孝太:「マジ…」
美希:「8時間…」
愛子:「あ、でもほら、みんなで交代でやれば、なんとか!」
康伸:「失敗してやり直すのも面倒だもんな」
孝太:「半日だし、なんとかなるだろ」
理紗:「それで、本当に美希は治るのね?」
春澄:「なんだ、疑ってるのか?」
理紗:「当たり前でしょ!こんなおかしなものを売りつけておいて…!」
春澄:「はぁ(ため息) 言っておくが、僕はやめた方がいいという忠告はした」
理紗:「え?…本当なの、美希?」
美希:「うん…でも、こんなことになるなんて思わないから、さ…」
理紗:「あなたが美希に、ちゃんと最初に説明してくれればよかったじゃない!」
春澄:「いきなりそんなことを言って、君らは信じるのか?今回のだって、その砂時計を見て初めて、彼女の異変を信じたんだろう?」
理紗:「っそれ、は…!」
春澄:「それに、説明は省いたがこうならないように条件だってつけた」
理紗:「条件…?」
美希:「砂時計を、砂が落ち切る前にひっくり返してはいけない、って…」
理紗:「美希が言ってたあれ…?本当に……じゃああの時、私が…」
美希:「……うん…」
理紗:「…ご、めん……」
美希:「ううん。先に言ってなかったし…そんなこと、普通わかんないから…」
春澄:「つまり、条件を守らなかったのは君らの責任だ。僕を責めるのはお門違いだと思うけどね」
理紗:「……っ」
美希:「そう、ね。ごめんなさい」
理紗:「美希…!でもやっぱり、おかしいよ!!」
美希:「いいの」
理紗:「だって…!」
美希:「理紗…ありがとう」
理紗:「……うん。美希が、いいなら…」
春澄:「ちなみにその砂時計と君の相性は、前に言った通りあまり良くはない。持ってるのは得策ではないと思うよ」
美希:「……そう」
春澄:「こんな目にあわせたものを持っておくのも、嫌なんじゃないか?」
理紗:「じゃあどうしろって?捨てればいいの?壊せばいい訳?」
春澄:「そう突っかかるなよ、面倒だな…。アドバイスするの、やめようか」
理紗:「…うっ…」
愛子:「すみません。理紗は美希との付き合いが長いので、心配してるだけで…」
春澄:「ふぅん。あんなに揉めてたけど」
康伸:「は?え?」
孝太:「え、なんで知ってるの?」
春澄:「だから、あまり相性が良くないって言ったんだ。関係の悪化に拍車がかかっただろう?」
美希:「…私、手放す」
春澄:「賢明な判断だね」
理紗:「でも、あんなに気に入ってたのに…」
美希:「いいの。これ以上、何か起こるのは嫌だし…。でも、理紗との件は、この時計のせいじゃないと思う。私自身の、問題だった…」
理紗:「…うん」
美希:「全部終わったら、ちゃんと話そう」
理紗:「うん」
愛子:「あのさ、時計なんだけど」
美希:「うん?」
愛子:「私が譲ってもらっちゃ、だめかな?」
理紗:「え?」
愛子:「せっかく気に入ってるんだから。たまに見るくらいなら、平気でしょ?それに、私もその砂時計綺麗だなって思うし」
春澄:「たまに眺める程度なら、影響は受けない。それに、新しい持ち主の君は、それに一切影響を受けない性質のようだし」
愛子:「ね!」
美希:「うん…」
理紗:「じゃ、さっさと戻って美希の目、治そう!」
康伸:「だな」
孝太:「もうひと頑張りか」
美希:「あの…ご迷惑を、おかけしました…」
春澄:「もう騒がしいのはごめんだ」
美希:「はい…みんなも、ありがとう」
愛子:「ううん!」
孝太:「気にすんなって」
康伸:「それは治ってからだろ」
美希:「あ、そっか…ふふ。理紗も…ありがとう」
理紗:「……ばか!友達なんだから、当たり前…でしょう!」(半泣き)
美希:「うん…。ありがと」
5人退出
朱音:「ありがとうございました」
春澄:「はぁーあ」(ため息を言葉で言うような)
朱音:「お疲れですか?」
春澄:「わざとらしい…」
朱音:「そんなことないです」
春澄:「騒がしいのは嫌いだって言っただろう?」
朱音:「それには同意しますが」
春澄:「やっぱりあの時売らなきゃよかったんだ。面倒なだけで何も面白くなかった。結果なんて目に見えていただろ」
朱音:「そうですね、こうなることはあの時から決まってましたから」
春澄:「はぁ…無駄な時間だった」
朱音:「そんなことはなかったと思いますけど」
春澄:「…何を根拠に」
朱音:「まぁ、そのうちわかると思いますよ」
場転(ライブハウス)
美希:「みんな、今日は、私たち「spes」のライブに来てくれてありがとう!次は新曲を歌うよ!けど、その前に少し、話しを聞いてほしいんだ。
実は、この前の新曲とこの曲を作る時に、私と理紗が大喧嘩して。ね、理紗?」
理紗:「うん。美希とは長い付き合いだったけど、一番すごかったね」
美希:「そうそう。他のメンバーにも、随分迷惑をかけちゃって…」
愛子:「気にしない、気にしない!」
孝太:「終われば、あれも懐かしいよな」
康伸:「もう二度とごめんだけどな」
美希:「ふふ、うん。もうしないって。 それで、私が少し体調を崩しちゃって。その時、喧嘩してたことなんか忘れたみたいに、理紗が心配してくれた。もちろん他のメンバーも」
理紗:「……うん」
美希:「その時、喧嘩のせいでいろいろひどいこと言っちゃったけど…こんなに良い友達は他にいないなって思って。体調の件は辛かったけど、でも、それで考え直せたっていうか…」
理紗:「私も、そう思う。あのまま喧嘩してたら、解散とか言い出しそうだったもんね、割と本気で」(笑いながら)
美希:「ホント。これからも、意見の違いとかいっぱいあって、メンバーで喧嘩もするとは思う。でも、もっと周りを見ていこうって…思います。こんな私だけど、ファンのみんなとメンバーに、支えてもらえたら、嬉しいです」
愛子:「急に真面目になっちゃってー」
美希:「はは、慣れないことはするもんじゃないねー。で、曲ね!新曲!これは愛子の作曲に、私が歌詞をつけたんだけど…。
さっきの喧嘩の後で気付いたこととか、思ったこと、気持ちを詰め込んだの。だから、今の私の最高傑作。みんなも、気に入ってくれると嬉しいし…何か、感じてくれるといいな。
そして、曲名は理紗につけてもらったの。今回の作詞は全部私だったから、理紗の要素も入れたかったし。あと、私自身が思いつかなかったんだよね!作詞で全部やりきっちゃってさ。(笑いながら)
だから、新曲。理紗のタイトルコールで始めようと思う!」
理紗:「えっ」
美希:「ねっ!」
愛子:「久々だね、理紗のタイトルコール!」
孝太:「懐かしいな」
康伸:「こっちは準備オッケーだからな」
美希:「理紗!」
理紗:「! うん! それでは「spes」新曲、聞いてください。【落上の砂時計】」
新曲が始まってFO
終
一応、単品でもわかるように書いたつもり。
2014/3/10